『音楽の未来を作曲する』
井上章一●国際日本文化研究センター教授
「村の掟」をのりこえる圧倒的な自由
音楽の未来を作曲する
野村 誠著
晶文社
1800円+税
装丁/中 新
写真/森 孝介
いわゆる現代音楽のことを、七面倒くさいとうけとめるむきは、少なくないだろう。変調子と不協和音がとびかう、こむずかしい音楽で、一般聴衆には背をむけている。ホラー映画などで、不安をあおるBGMに使われるものぐらいしか、聴いたことがない。そのあたりが、平均的な現代音楽観になっているのではないか。
だが、野村誠の音づくりは、ちがう。まごうことなき現代音楽でありながら、それは小学生や中学生を、浮きたたせる。福祉施設の老人たちを、わくわくさせてきた。「トトロ」や「慕情」などといった周知のメロディーにはたよらない、今の音楽で。
『音楽の未来を作曲する』(晶文社 一八〇〇円)は、そんな作曲家の最新刊。聴衆をまきこむさまざまな創意が、ここには紹介されている。アカデミックな現代音楽村の住民からは、邪道だとみなされるやり方かもしれない。だが、村の掟など軽々とのりこえてしまう著者に、私は圧倒的な自由を感じる。
私が末席をけがす人文学の村にも、村の掟はある。そして、私は私なりに、そんな掟を笑いのめすようつとめてきた。しかし、上には上がある。この本とであい、私は自分がまだどこかでとらわれていることに、気づかされた。今は自分に、もっと自由をと言いきかせているところである。
演歌もふくむ日本の歌謡曲には、けっこうラテン音楽がながれこんでいる。マンボやカリプソのリズムを下地としている流行歌が、多くある。チャチャチャは日本でドドンパを生みだし、それがイタリアではダダムパを派生させた。英米音楽では語りつくせない、そんな音楽の国際性を輪島裕介の『踊る昭和歌謡』が教えてくれる(NHK出版新書)。
ジャズは、二〇世紀末に高級化された。その経緯を『ウィントン・マルサリスは本当にジャズを殺したのか?』(シンコー・ミュージックエンタテイメント)が分析する。ジャズ評論家・中山康樹の絶筆である。
(週刊ポスト2016年1.1/8号より)

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