渡辺裕『感性文化論〈終わり〉と〈はじまり〉の戦後昭和史』斬新な視座で見つめ直す戦後昭和史
「やらせ」に違和感を抱く現代人の感受性は、いつどのように形成されたのか。人のものの見方や価値観について、感性の変容を解き明かします。井上章一が解説。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
井上章一【国際日本文化研究センター教授】
感性文化論〈終わり〉と〈はじまり〉の戦後昭和史
渡辺 裕 著
春秋社
2600円+税
装丁/芦澤泰偉
「やらせ」に違和感をいだく感受性はいつ形成されたのか
市川崑の映画『東京オリンピック』は、オリンピック映画の傑作とされている。政府筋からは、日本人の活躍をあまりとりあげていない点などが、批判された。それで、文部省も、一度はきめた推薦をとりけしている。だが、芸術としての評価はゆるがない。
そんな作品に、著者は今日的な観点から、注文をつけていく。
たとえば、開会式の入場シーン。映画は、その場でながれた音楽も収録しているかのように、画面を構成した。しかし、じっさいの入場行進では、べつの音楽がひびいていたことを、著者はつきとめる。競技の映像についても、オリンピック終了後にあとで撮影した箇所が、あるという。
今ふりかえれば、とうていドキュメントとは言いがたい。一種の「やらせ」ではないかと、著者はいう。だが、批判をするために、映画の作為をいちいちあばいているわけではない。
著者は、画面に虚偽があると感じてしまう自分自身を、問いつめる。どうやら、一九六〇年代の人びとは、自分がひっかかったところをうけいれていたようだ。なのに、なぜ自分はわだかまりをおぼえてしまうのか。「やらせ」に違和感をいだく現代人の感受性は、いつどのように形成されたのだろう。こうして、著者は歴史の古い層をさぐっていく。
戦前のスポーツ実況と称するラジオ放送には、今だとありえないものがあった。たとえば、電波のとどかない遠隔地の野球中継。電話で知らされた試合の様子を、原稿用紙に書きとめる。それをアナウンス室へもちこみ、実況風にラジオでつたえたりもしていたらしい。「第一球、なげました。ボール!」というように。
いっぽう、一九六〇年代末期には、フォーク・ソングのソノシートで、新しい試みがはじまった。ライブの場で聞こえるヤジ、怒号なども、レコードにおさめる録音が。夾雑物もまじってこそ、リアリティがある。そんな感受性のめばえを、著者はそのあたりにかぎとっているようである。
(週刊ポスト2017年6.9号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
松村由利子『ジャーナリスト与謝野晶子』/いま見ても圧倒されるジャーナリズムでの評論活動
出産という大仕事を社会的なテーマとして新聞の第一面で詠む、幸徳秋水たちの処刑という大事件をストレートに詠むなど、「男女が支え合う社会」への提言や「不穏な世相への異議申し立て」を臆することなく公開していた与謝野晶子。十人以上の子供を育てながら短歌や評論を書き、肝っ玉母さんと社会評論家を両立させたその足跡を辿るノンフィクション!
-
今日の一冊
『小倉昌男 祈りと経営 ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの』
-
今日の一冊
『戦争と読書 水木しげる出征前手記』
-
今日の一冊
生命の営みをユーモラスに語る『英国王立園芸協会とたのしむ 植物のふしぎ』
花や野菜などの植物から鳥や地中の生き物たちまで、たっぷりの美しい図版で紹介。単なる園芸法指南ではなく、さまざまな生命の営みを愛情を込めて見つめ、ユーモラスに語る楽しい本です。
-
今日の一冊
内藤陽介『誰もが知りたいQアノンの正体 みんな大好き陰謀論Ⅱ』/アメリカの「国体」を変えか・・・
二〇一六年に登場してトランプ氏を当選させる力となった、ネット内集団「Qアノン」。Qは「最高機密」の意で、アノンは「アノニマス」つまり匿名だといいますが、彼らは一体何者なのでしょうか? 陰謀論やデマが、なぜ受け入れられるのかを明らかにする一冊!
-
今日の一冊
エミン・ユルマズ『エブリシング・バブルの崩壊』/現在バブル状態にある米国株が暴落したら、日・・・
現在、米国株価の売上倍率は3倍と適正の範囲を大きく超えており、バブル状態にあると主張する著者が、米国株価の崩壊後に上昇するのは日本株だと予言する書。資産運用をしている人は必読!
-
今日の一冊
トーマス・グリタ、テッド・マン 著、御立英史 訳『GE帝国盛衰史――「最強企業」だった組織・・・
発明家トーマス・エジソンの電球からスタートし、長期にわたって米国経済を牽引してきたゼネラル・エレクトリック(GE)は、なぜ凋落したのか? ウォール・ストリート・ジャーナルのジャーナリストが、その謎に迫ります!
-
今日の一冊
著述家・古谷経衡はこう読む!浅羽通明著『「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』
若手保守論客・古谷経衡が語る、「リベラルの弱さ」。リベラル系知識人の言動から敗北の理由を考察したその論考を知ることができる一冊を紹介します。
-
今日の一冊
岸 宣仁『財務省の「ワル」』/キャリア制度発足以降、地下水脈のように生き続ける『ワル』とい・・・
読売新聞で長年にわたり大蔵省を担当した経験をもつ著者が、財務省のエリート官僚の実態をつまびらかにする一冊。ノンフィクション作家の岩瀬達哉が解説します。
-
今日の一冊
ひろゆき、竹中平蔵『ひろゆきと考える 竹中平蔵はなぜ嫌われるのか?』/論破王のひろゆき氏と・・・
相手の矛盾を突いて追い詰める「論破王」のひろゆき氏と、経済財政担当大臣として製造業への派遣労働を解禁し、パソナの会長に就任した過去を持つ竹中平蔵氏。このふたりの対談をテキスト化した話題書を、経済アナリストの森永卓郎が解説します。
-
今日の一冊
あまりに恐ろしい近未来/ジェイミー・バートレット 著・秋山勝 訳『操られる民主主義 デジタ・・・
本書に書かれていることが本当なら、私たちはこれから悪夢のように恐ろしい時代を迎えることになる――。テクノロジーがもたらす問題を詳細に分析した、次世代の未来を想う人にぜひ読んでほしい一冊。
-
今日の一冊
青木正美著の『肉筆で読む作家の手紙』に見る、知られざるエピソードとは?
膨大な数の作家の直筆手紙・葉書の中から未発表書簡を中心にセレクト。作家の知られざるエピソードに迫る価値ある資料の数々を、評論家・川本三郎が読み解きます。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】村田沙耶香『地球星人』
〈なにがあってもいきのびること〉を誓った魔法少女がたどり着く先は――? 『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した著者が贈る、常識を破壊する衝撃作!
-
今日の一冊
黒川 清『考えよ、問いかけよ「出る杭人材」が日本を変える』/受験結果から学問や政治や経済の・・・
「出る杭は打たれる日本」と「出る杭を歓迎するアメリカ」との違いは明らか――日本の大学や研究の将来を憂う著者・黒川 清氏が、世界で活躍できる次世代の精力的な若者たちへの支援を提言する一冊。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】三國万里子『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』/ハンドメイド・・・
大人気のニットデザイナーが初めて上梓した話題のエッセイ集についてインタビュー!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】白川優子『紛争地の看護師』
看護師として国境なき医師団(MSF)に参加し、シリアやイラクなど世界中を飛び回る著者が見たものとは――。紛争地で暮らす人々の現実を描いた、渾身のノンフィクション。
-
今日の一冊
大童澄瞳『映像研には手を出すな!』/映像研の面々がこれから感じとる外部を、どう作り手は描き・・・
アニメ、ドラマ、映画など、多彩なメディアミックス展開がなされている人気コミックを、大塚英志が語ります!
-
今日の一冊
大西康之『起業の天才 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』/リーダーシップではなく・・・
リクルートの創業者である江副浩正は、強いリーダーシップを発揮して会社を牽引するのではなく、有能な人材を集めて本人が面白いと感じる仕事を丸ごと任せることで、ビジネスを成功させました。戦後最大の“起業の天才”の真の姿を浮き彫りにする伝記を、森永卓郎が解説します。
-
今日の一冊
中国を深刻かつユーモラスに観察した対談本『私たちは中国が世界で一番幸せな国だと思っていた』
世界中の情報から遮断され、「日本人民、アメリカ人民、世界の人民は、みな毎日食うや食わずの生活をしている」と教えられて中国で育った2人が、存分に語り合った一冊を紹介。
-
今日の一冊
台湾の現代作家による愉快な物語『冬将軍が来た夏』
死さえも笑い飛ばす、生命力にあふれたおばさんたちの大冒険! レイプややくざとの戦いなど、次々と起こる事件もなんのその。ありきたりな女性問題や老人問題には収まらない、奇想天外で愉快な台湾の小説を紹介します。