芳賀日出男『写真民俗学 東西の神々』は不思議な眼福を与えてくれる本
旅する写真家が撮り続けた、いつまでも飽きがこない「人類の記憶のパノラマ」。厳選されたカットにつまった一冊を、平山周吉が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
平山周吉【雑文家】
写真民俗学 東西の神々
芳賀日出男 著
角川書店
2500円+税
装丁/芦澤泰偉
「旅する写真家」が撮り続けた〝人類の記憶のパノラマ〟
不思議な「眼福」を与えてくれる本である。体内、いや、胎内の記憶に呼びかけてくる、光と闇と群舞と綺想の氾濫が溢れかえった本なのである。
大正十年生まれ、御年九十五歳の写真家・芳賀日出男の生涯の仕事がコンパクトにまとめられた『写真民俗学』は眺めて読んで、いつまでも飽きがこない。色彩鮮やかな“人類の記憶のパノラマ”である。日本各地のみならず、百カ国以上を旅して、世界の祭りと年中行事を撮り続けた中から厳選されたカットが詰まっている。「神を迎える」「神を纏う」「神が顕る」「神に供す」といった独自の分類で全体は構成されている。神々と人々が交わり、ちっぽけな個人が大いなるものに溶融する、その至福な時間が記録されている。写真からは、芸術以前のプリミティブな感動が伝わってくる。
芳賀は戦時下の大学で、折口信夫教授の国文学を聴講した。内容はなにやらチンプンカンプンだったが、一つだけ啓示をうけた。沖縄の村祭りには神に仮装した者が訪れる。〈それが「神様」なら写真に撮れるじゃないか、と思ったのだ〉。カメラ小僧だった芳賀日出男の生涯が決定する瞬間だった。『写真民俗学』には、折口信夫にそのユニークな発想をもたらした各地の民俗が、さりげなくちりばめられている。「目で見る折口学」でもあるのだ。
数々のカラー写真を見ていて感じるのは、人間の営みの共通性、人々の祭りへの熱狂、素朴な信仰心などだけではない。写真からは音が聞こえてくるのだ。ざわめき、祈り、エクスタシー、息吹。「音霊」という一章も設けられているが、本書は古代から伝承されてきた視聴覚教育の記録でもある。
芳賀が「旅する写真家」を仕事に出来たのには、宮本常一、谷川健一、岡正雄などの強い支持があった。今と違って世界を飛び歩くにはお金がやたらかかった時代である。平凡社の百科事典などが芳賀の民俗写真を買ってくれたからこそ可能になった仕事だった。その感謝も芳賀は忘れていない。
(週刊ポスト2017年7.14号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
沢野ひとし『ジジイの片づけ』/モノをどんどん処分すれば、人生の悩みまでも薄らいでいく
椎名誠氏のエッセイの挿絵でおなじみのイラストレーター・沢野ひとし氏の新著。片づけ法から、高齢期をいかに前向きにさっぱりと生きるか、夫婦はどうあるべきかまで、ユーモアたっぷりに語ってくれます。
-
今日の一冊
『戦争と読書 水木しげる出征前手記』
-
今日の一冊
【著者インタビュー】三砂ちづる『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』/献身できる人がいるの・・・
不倫から介護・看取りまで、さまざまなことを優しい言葉で綴る一冊。人に何かしてもらうのを期待するよりも、できることを人にやってあげる方が幸せになれると著者は語ります。
-
今日の一冊
山際康之著『兵隊になった沢村栄治 戦時下職業野球連盟の偽装工作』が明らかにする戦時下の野球・・・
知られざる戦時下の野球界の実態について、資料の綿密な分析から再構成した一冊。大投手であった、人間・沢村を描くとともに、当時の野球関係者の興味深い動きをつぶさに描きます。井上章一が解説します。
-
今日の一冊
『リベラルですが、何か?』
-
今日の一冊
忘れてはいけない「平成」の記億(1)/宮内庁編修『昭和天皇実録 全十八巻』
平成日本に生きた者として、忘れてはならない出来事を振り返る特別企画。
武蔵野大学特任教授の山内昌之が「いちばん平成の時代らしい書物」として挙げるのは、『昭和天皇実録』です。宮内庁により、平成2年から平成26年まで24年間をかけて編修された実録には、日本の政治や社会、文化までもが記述されています。 -
今日の一冊
【著者インタビュー】岸 政彦『図書室』/一人暮らしをしている50歳女性の、子どものころの幸・・・
初めて書いた小説「ビニール傘」がいきなり芥川賞・三島賞の候補となり、さらに本作「図書室」でも再度三島賞の候補となった、注目の社会学者・岸 政彦氏にインタビュー!
-
今日の一冊
『モナドの領域』
-
今日の一冊
宮田珠己『ニッポン脱力神さま図鑑』/よくぞここまで! 323体の脱力系神さまを収録
優雅な田の神、ピンク色の石仏、白パンツ鬼コ、皺だらけの狛犬……日本各地の路傍から、四年かけて探し出した脱力系神さまを集めた力作カラー本!
-
今日の一冊
吉野孝雄著『外骨戦中日記』が明らかにする、空白の戦中の様子。
宮武外骨といえば、明治から昭和にかけて活躍した、反骨のジャーナリストとして有名です。戦時中は完全に沈黙を守っていましたが、知られざる戦中日記から見えてくる真実に満ちた時代背景とは?
-
今日の一冊
鈴木敏文『働く力を君に』を読んでビジネスの勝因を掴め!
セブン&アイグループ総帥・鈴木敏文が、ビジネスの勝因を掴む仕事の仕方を伝授する! 岩瀬達哉が解説します。
-
今日の一冊
死刑執行直前の思いとは――『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』
地下鉄サリン事件の捜査に協力した生物・化学兵器の専門家が、サリン製造に大きく関与した死刑囚・中川智正と対話を重ね、その死刑執行後に出版した書。ノンフィクションライターの与那原 恵が解説します。
-
今日の一冊
荒木博行『世界「倒産」図鑑』/一世を風靡した企業が倒産に至った経緯を読む!
リーマン・ブラザーズやそごう、山一證券など、かつて大成功をおさめながらも破綻してしまった企業25社の倒産の経緯をまとめた図鑑。経済アナリストの森永卓郎が解説します。
-
今日の一冊
奇想天外な冒険小説『バベル九朔』は万城目学デビュー10周年を飾る新作!
10周年を迎え、さらなる磨きがかかる「万城目ワールド」!青春エンタメ小説として楽しめる一冊の魅力を著者に訊きました!
-
今日の一冊
吉田修一著『犯罪小説集』が描く人々の業と哀しみ。著者にインタビュー!
なぜ人は、罪を犯すのだろうか?罪を犯してしまった人間と、それを取り巻く人々の業と哀しみを描ききった珠玉の5篇を収録した一冊。2007年『悪人』、14年『怒り』、を経て、著者最高傑作とも言える作品です。創作の背景を著者にインタビュー!
-
今日の一冊
【2018年の潮流を予感させる本】『日本人のための第一次世界大戦史 世界はなぜ戦争に突入し・・・
現在の世界の状況をわかるためには、第一次世界大戦を理解すること。日本人が知らない歴史の転機を、金融のプロが解説する一冊を、池内紀が紹介します。
-
今日の一冊
群ようこ『この先には、何がある?』/超売れっ子作家になっても「普通の人」
バブル時代に大ブレイクした作家・群ようこ氏。どんどん貯まる通帳のお金に比例して、生活も一変すると思いきや、豪邸を建ててもそこに住まずに、「普通の人」をつらぬいていたそうです。その作家人生を回顧する、自伝エッセイ!
-
今日の一冊
【2018年の潮流を予感させる本】「新しき村」の百年 〈愚者の園〉の真実
武者小路実篤を中心に創設された「新しき村」。世界的にも類を見ない、「ユートピア」実践の軌跡をたどり、その意義を問います。評論家の坪内祐三が解説します。
-
今日の一冊
忘れてはいけない「平成」の記憶(6)/東北学院大学 震災の記録プロジェクト 金菱清(ゼミナ・・・
平成日本に生きた者として、忘れてはならない出来事を振り返る特別企画。
未曽有の大震災のあと、幽霊を乗せて走ったというタクシー運転手の事例がいくつもありました。生者の思い込みだと否定することは容易ですが、死者の霊を信じ、いまも彼らと共にあろうとする遺族の思いは敬虔であると、川本三郎は説きます。 -
今日の一冊
北方謙三著『魂の沃野』(上・下)は壮大なスケールの歴史巨編。著者にインタビュー!
北方謙三が数十年来抱えていた構想がついに結実し、加賀一向一揆を生きた男たちを描くー血潮がたぎる物語が誕生! 「人の生き様を書くのが小説だ」と語る著者。 感動の歴史巨編の誕生秘話をインタビュー。