【2018年の潮流を予感させる本】『歴史の勉強法』
日本人として知っておくべき歴史の知識が満載の一冊。愉しみながら歴史を学び直したい人は必読です。山内昌之が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!拡大版Special】
山内昌之【明治大学特任教授】
歴史の勉強法
山本博文
PHP新書
860円+税
「教養」の意味▼▼▼史料を具体的に見ることで分かる時代感覚
歴史を語るには、それなりの基礎知識と歴史観をもたねばならない。山本氏の紹介する社会学者二人の対談などは、そうした準備もなしに歴史を語る危険性を教えてくれる。その一人に言わせると、源頼朝が任じられた右近衛大将は「下っ端のノンキャリア」だから頼朝が京都にいる必要がないというのだ。日本史家の著者は朝廷武官の最高官職を「下っ端」と言い切る思い込みに呆れたようだ。こうした発言が生じるのは、史料に地道にあたる苦労もせず、政治軍事の基本機構や有職故実について勉強したこともないからだろう。
それではダメなのだ、と示唆する山本氏は、この社会学者が徳川幕府に圧倒的な軍事力をもつ「幕府軍」は存在しないという指摘にもさぞ驚いたことだろう。大番、書院番、小姓組番などを知らなければ、そもそも何故に番町という地名があるのかも分かろうはずがない。本書は、こうした間違いを犯さないように、日本史を学び語るときに必要な作法を教えてくれる。
暦と時刻については「換暦」という便利なネットのサイトを紹介し、金銀銭の交換レートは図解と表で分かりやすく説明している。1両は銀50匁、銭4貫文(4千文)になるので、蕎麦1枚が16文だとすれば480円(1文が30円)見当になり、現代人の貨幣感覚からも納得できるというのだ。本書は、この種の具体例も豊富なので、時代劇や時代小説を楽しむ上でも安心できる手がかりになる。
著者は、日本史を史料から具体的に見ないと、時代の感覚が分からないので、すぐに天皇制は何故続いたのか、藤原氏に力があるなら天皇を倒して何故に藤原王朝を立てなかったのか、といった問題の立て方をすると批判的なのだ。しかし、本来日本史を勉強することは、切絵図をもって江戸を散歩する喜びにつながり、ブックガイドでさらに知識を豊かにするなど教養を高める作業につながる。具体的に有益な示唆にあふれている入門書である。
(週刊ポスト2018.1.1/5 年末年始スーパープレミアム合併特大号より)

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