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【2018年の潮流を予感させる本】『遺言。』

養老孟司80歳の叡智が凝縮。明るく面白い「遺言」を25年ぶりに書き下ろし。作家の関川夏央が解説します。

【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け! 拡大版Special】
関川夏央【作家】
遺言。

遺言_書影
養老孟司
新潮新書
720円+税

「戦中派」の実感▼▼▼「意味」に占有されて不自然さが増す時代

都会生活に自然は介入しない。汚れは最小限、風雨は吹き込まず、暑くも寒くもない。
「感覚所与」を「いわば最小限にして、世界を意味で満たす」のが都会生活で、現代人はその利便を享受しつつ苦しんでいる。
「意味のあるものだけに取り囲まれていると、いつの間にか、意味のないものの存在が許せなく」なり、自分と「同じでないもの」、自分が理解できない存在を、「意味がない」と断定して「浄化」におよぶ。たとえば、相模原の施設での十九人殺しである。
少子化さえ「意味」の問題に帰着するだろう。
「都市は意識の世界であり、意識は自然を排除する。つまり人工的な世界は、まさに不自然なのである。ところが子どもは自然である」
「なぜなら設計図がなく、先行きがどうなるか、育ててみなければ、結果は不明である」
とすれば、「意味」が不確定な子供は不気味な存在で、少子化と単身者化は都会的生活の必然の結果ということになる。
「年寄りは昔はよかったというものらしいが、それだけかなあ」
決まり文句、ありふれた嘆きと済ませてよいか。
「いまの時代は」「本当は変なんじゃないか」―と小学校入学前に鉄砲を撃つのに不利と左利きを矯正され、二年生のときには国語の教科書に墨を塗らされた小さな「戦中派」は、七十余年後に思うのである。
語り下ろしが多かった著者が、二十五年ぶりに書き下ろした。長い船旅をして、船中ですることがなかったから、とあるけれど、より「感覚所与」の色濃い文体で書きたかったのではないかと推察する。
『遺言。』とは穏やかではない。読者の感覚を刺激する。しかし八十歳のご本人には「当面死ぬ予定はない」。ならば、「意味」に占有されて不自然さをことさら増す二〇一八年以降にも、何冊か『遺言。』は書かれるだろう。

(週刊ポスト2018.1.1/5 年末年始スーパープレミアム合併特大号より)

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