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『戦争と読書 水木しげる出征前手記』

岩瀬達哉【ノンフィクション作家】

飄々とした面影からは想像もつかない激情が渦巻く内面

戦争と読書

水木しげる出征前手記

戦争と読書

水木しげる 荒俣宏著

角川新書

800円+税

「ゲゲゲの鬼太郎」で国民的人気を博した水木しげるは、幼少期、実家の手伝いに来ていた老婆から「怪談伝承や地獄図の絵解き」を聞かされ、そのモチーフとなる世界観を育んだという。

 

いつか「えらい画家」の先生になるべく、上野の美術学校への入学資格を得ようと夜間中学に通っていた20歳の秋、水木は召集令状を受取り、当時の青年がそうであったように、「死する決意」を固めなければならなくなった。その心に平穏を取り戻そうと救いを求めたのが読書だった。

 

入営までの間、文学書、哲学書から、「動物学植物学地質学等」の専門書、果ては聖書、仏教書に至るまでを読み漁り、「三八枚ほどの手記」として残している。

 

共著者であり、水木の「門弟」でもある博物学者の荒俣宏は、その手記の「心情告白」の背景を読み解きながら、戦時下の青年たちの読書傾向や、「日本人と日記の伝統」などを紹介。読書の力の底知れぬ可能性を、水木のその後の人生に重ね合わせた。

 

芸術家に不可欠の内省の時期、水木は、「真理のために狂人となりしニイチエ」への共感を覚え、「ヘーゲルが言つたように自己を捨てる事」で、死の恐怖と折り合いをつけようとした。一方で、ゲーテの言葉に救いを求め、「一つの事を握つたら手放さない事だ。そうすればいやでも前へ行けるのだ」と言いきかせ、戦地でも絵描きになる夢を諦めず、生きる意欲を失うことがなかった。

 

「青年にとっては最も厳しい時代の、その現場において」、読書によって鍛えられた精神と思想が、ラバウルで片腕を失ってもなお、戦後、紙芝居作家として再スタートを切る原動力となった。

 

その赤貧の時代、母親に宛てた手紙で、「人間は困れば死ねばいゝ。困らなくても死ぬようになってゐるのですからね。何もくよくよする事はないと思ふ」と、たくましく開き直ってみせる。温厚で飄々とした水木の面影からは想像もつかないほど、その内面には激情が渦巻いていた。

(週刊ポスト2016年1・15/22号より)

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