【2018年の潮流を予感させる本】『日本人のための第一次世界大戦史 世界はなぜ戦争に突入したのか』
現在の世界の状況をわかるためには、第一次世界大戦を理解すること。日本人が知らない歴史の転機を、金融のプロが解説する一冊を、池内紀が紹介します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け! 拡大版Special】
池内紀【ドイツ文学者・エッセイスト】
日本人のための第一次世界大戦史 世界はなぜ戦争に突入したのか
板谷敏彦
毎日新聞出版 2000円+税
気がつけば戦争▼▼▼70年続いた「優雅な無知」の底が割れかけている
タイトルに「日本人のための」とついている。第一次世界大戦は4年3ヵ月の長きにわたって戦われ、死者1000万にのぼる大戦争だった。にもかかわらず、日本人はほとんど何も知らない。多くの国々に膨大な犠牲と深い傷あとを残したが、日本人には遠い「対岸の火事」だった。それどころか、労せずして植民地と大陸侵攻の足がかりを手に入れた。
タイトルには、また「世界はなぜ戦争に突入したのか」と添えられている。ヨーロッパの人々は誰も戦争を望んでいなかったし、戦争に至るとも思っていなかった。宣戦布告されたあとも、せいぜい数ヵ月で終了する小競り合い程度と考えていた。あとは外交団が割って入ってケリをつける。そのはずである。
「戦争は金融市場の暴落と同じで、忘れた頃に突然やってくる。100年前にヨーロッパの人々が抱いていた『幻想』を、もしかしたら現代の我々も抱いているのではないでしょうか」
くわしく、わかりやすく、いちいち腑におちる戦史である。数字が多く出てくるのは、著者が長らく証券会社幹部として数字で考える人だったからだ。数字はまた「自分の考えに沿う情報だけを集める認知バイアス」のおめでたさを暴露する。ある戦場のケースだが、425万発に及ぶ味方の砲撃が地面を掘り返し、そこに8月の雨がたまって泥沼化していたところへ、10月の大雨で塹壕が水浸しになった。当戦場の公式記録の死者24万5000人、最終段階での戦死者の4人に1人は溺死者だった。それでも司令官は戦闘続行を命じ続けた。
あるアメリカ詩人の定義によると、平和とは「どこかで進行している戦争を知らずにいられる、つかの間の優雅な無知」だそうだ。戦後日本の平和は70年続いた。いまや「優雅な無知」の底が割れかけている。気がつくと、徹底して知性の欠如した大国の指導者に数字を示され、せっせと奉仕しているのではなかろうか。
(週刊ポスト2018.1.1/5 年末年始スーパープレミアム合併特大号より)

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