【2018年の潮流を予感させる本】『こうして歴史問題は捏造される』
歴史の事実を見抜く力をつけるには。謙虚に歴史を見つめる方法をわかりやすく提示する一冊。平山周吉が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け! 拡大版Special】
平山周吉【雑文家】
こうして歴史問題は捏造される
有馬哲夫
新潮新書
800円+税
「事実を」見抜く力▼▼▼まどろっこしくても「無理に結論を引き出さない」
いまや大新聞からネット言論、Twitterの発信まで、すべての情報が等価に享受されるようになった。ありがたいご時世になったものだ。「等価」というのは褒めているわけではない。どれもが同レベルの悪貨が溢れる、「トンデモな言語空間」に堕してしまった事態に呆然となるのだ。
事実の確定は隅に置かれ、声のデカい言論が幅を利かせる。えげつないオピニオンが喝采される。誰もが勝利宣言をしている。不都合があったら、だんまりをきめ込めばいい。「正しい」言論人に簡単になりすませる時代がやってきた。
このめくるめく世界をどうやって生き抜くか。なまじのメディアリテラシーを磨く程度ではとても追いつかない。思い切って愚直な基本に戻るしかないのではないか。
有馬哲夫の『こうして歴史問題は捏造される』は慰安婦、南京、原爆などの歴史認識問題のゴタゴタをすっきり整理し、「事実」とは何かを教えてくれる、歴史問題だけでなく、広く応用のきく実用書である。かつては信頼度の高かったNHKの番組や朝日新聞の記事を俎上に載せて、大メディアの劣化の実情が暴かれる。
長年アメリカで公開された公文書資料発掘に携わってきた著者の方法は、「反証可能」な「一次資料」によって議論が組み立てられているかどうかを見抜くことだ。それなら左右のイデオロギーとは関係なく、判断できる。例えば、国連人権委員会のクマラスワミ報告書である。5W1Hのない、信用できるかどうか検証しようのない証言が堂々と採用されている。「反証可能性のない」言いっぱなし証言で構成されているのだ。文句なく、落第である。「国連」とか「人権」といった美名は、ここでは隠れ蓑にならないのだ。
「無理に結論を引き出さない」ことも大事だと著者は言う。そんなまどろっこしいことには耐えられないからの捏造大流行である。事実か否か、ひと呼吸判断を遅らせる冷静さが有効だろう。
(週刊ポスト2018.1.1/5 年末年始スーパープレミアム合併特大号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
【著者インタビュー】久保寺健彦『青少年のための小説入門』
いじめられっ子の中学生と、少年院帰りのヤンキーがコンビを組んで、作家を目指す! 久保寺健彦氏の7年ぶりの新作は、読む喜びと書く苦しみがつまった、アツい青春小説でした。
-
今日の一冊
『いつまでも若いと思うなよ』
-
今日の一冊
『マルクス ある十九世紀人の生涯』上・下
-
今日の一冊
【著者インタビュー】直島翔『転がる検事に苔むさず』/主役は苦労人の窓際検事! 第3回警察小・・・
ふだんは窃盗事件や器物損壊など、町の小さな事件ばかりを担当している検事が主人公のミステリー小説。謎解きの面白さはもちろんのこと、組織小説として読んでも引き込まれる一冊です。
-
今日の一冊
大串尚代『立ちどまらない少女たち 〈少女マンガ〉的想像力のゆくえ』/日本の少女漫画の「文化・・・
『赤毛のアン』、『若草物語』、『あしながおじさん』がなければ、吉屋信子の少女小説も、『キャンディ・キャンディ』も、『BANANA FISH』も生まれなかった!? アメリカ文学と日本の少女マンガの関係性を丹念に探る一冊。
-
今日の一冊
【2020年の潮流を予感させる本(11)】五木寛之『新 青春の門 第九部 漂流篇』/貧しい・・・
新時代を捉える【2020年の潮流を予感させる本】、第11作目は、時代の語り部・五木寛之氏による、泣けて目がはなせない活劇青春小説。作家の嵐山光三郎が解説します。
-
今日の一冊
藪 耕太郎『柔術狂時代 20世紀初頭アメリカにおける柔術ブームとその周辺』/海外で変貌を遂・・・
20世紀初頭に、世界的に脚光を浴びた日本の柔術・柔道。その国際化と伝統の葛藤を、格闘技の歴史という地平で考えさせてくれる一冊!
-
今日の一冊
なぜ事故は起きたのか?『日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』
1985年8月12日に起きた、日航ジャンボ機墜落事故。はたしてこれは事故なのか、それとも事件なのか? 生存者の同僚だった著者が、目撃者の証言をもとに真実を追います。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】朝比奈あすか『ななみの海』/それぞれの境遇を生き延びて、児童養護施設に・・・
過熱する中学受験のリアルを描いた前作『翼の翼』が話題を呼んだ著者の最新作『ななみの海』についてインタビュー!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】高野秀行『語学の天才まで1億光年』/語学に対しての並み外れた深い想い、・・・
これまでに25以上の言語を学んできたノンフィクション作家が明かす〝連戦連敗”の体験的語学学習法とは──
-
今日の一冊
河谷禎昌『最後の頭取 北海道拓殖銀行破綻20年後の真実』/銀行業界を救うため、犠牲になった・・・
20年ほど前に経営破たんした“北海道拓殖銀行”の最後の頭取であり、特別背任罪で実刑判決を受けた河谷禎昌氏。その波乱に満ちた人生を赤裸々に描くドキュメンタリーを紹介します。
-
今日の一冊
【2022年「中国」を知るための1冊】橋爪大三郎、中田 考『中国共産党帝国とウイグル』/ウ・・・
中国共産党はなぜ自国民監視を徹底し、香港・台湾支配をめざすのか? 北京オリンピックの開催を控え、その動向がますます注目される隣国、中国を多角的に知るためのスペシャル書評! その第1作目は、作家・嵐山光三郎が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】木下半太『ロックンロール・トーキョー』/才能と運だけがモノを言う東京で・・・
『悪夢のエレベーター』シリーズが累計90万部を突破し、小説家として成功しながらも、映画監督になるという夢を追い続けた木下半太氏。その自伝的小説執筆の背景を訊きました。
-
今日の一冊
原田隆之『痴漢外来――性犯罪と闘う科学』/性的依存症はどれほどキツいものなのか
「脳があたかも、セックスに乗っ取られてでもいたかのよう」になるという、性的依存症。満員電車での痴漢や盗撮など、巷にあふれる性犯罪を減らすためには、刑罰に加えてこの依存症の「治療」が必要だといいます。
-
今日の一冊
森鴎外の娘が綴るエッセイ『父と私 恋愛のようなもの』
「とにかくパッパ大好き」と書く、“父親っ子”だった森茉莉のエッセイ作品集。父親という異性から愛され、肯定されることは、娘にとってはその後の人生を生きていく“折れない杖”になるのです。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】岩井圭也『竜血の山』/水銀を飲用する一族が日本の国力の一端を担い、水銀・・・
北海道で発見された東洋最大級の水銀鉱床には、水銀を飲用もする〈水飲み〉という一族が暮らしていた――実在したイトムカ鉱山をモデルに、時代に翻弄されながらも成長し戦前戦後を生き抜く青年の姿を描いた大作!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】酒井順子『ガラスの50代』/心身ともに繊細で壊れやすい50代女性のむず・・・
50代になった酒井順子氏が、自身と同じ世代の女性の迷いや悩みをテーマに綴るエッセイ集。白髪を隠すか問題や、母と娘のむずかしい関係など、笑いながらも考えさせられる一冊となっています。
-
今日の一冊
片山 修『山崎正和の遺言』/サントリー文化財団の構想秘話と、財団が挑んだ「知の循環」
劇作家や評論家として活躍し、2020年に逝去した山崎正和氏が生前に遺したことばを、45年にわたって親交があったジャーナリストがまとめた評伝。ノンフィクション作家の岩瀬達哉が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】渡貫淳子『南極ではたらく かあちゃん、調理隊員になる』/「悪魔のおにぎ・・・
テレビやSNSで話題になり、商品化もされた「悪魔のおにぎり」は、南極でのエコ生活から生まれたものでした。限られた食材でやりくりし、時には涙も流した極地での1年間を、楽しげにいきいきと綴ったノンフィクション!
-
今日の一冊
戸川 純『ピーポー&メー』/遠藤ミチロウ、久世光彦、岡本太郎らとの日々を綴るディープなエッ・・・
女優であり、歌手であり、作詞家でもある戸川純が、出会った人々とのエピソードを丁寧に綴ったエッセイ集。静けさをたたえた文体が、切なく胸にしみてきます。