【2018年の潮流を予感させる本】『MUJIBOOKS 人と物 花森安治』
「保守」とは何か。為政者にとって都合のいい有権者の「日常への関心」について語った一冊を、まんが原作者の大塚英志が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け! 拡大版Special】
大塚英志【まんが原作者】
MUJIBOOKS人と物 花森安治
花森安治
良品計画
500円+税
「保守」とは何か▼▼▼為政者に都合のいい有権者の「日常への関心」
戦時下、翼賛会の主導の下、「翼賛一家」なる長谷川町子ら複数の作家が同一の町内・家族のキャラクターをシェアして描くまんががあった。ナチスドイツの近隣組織を模倣した隣組のプロパガンダのためのものだ。資料に当たっていくと頻出するのが「日常」ということばで、実は戦後の新聞4コマまんがに於ける、ほのぼのとした町内や家族という「日常」は、実はこの時「作られた」ものだ。この「日常」は町内の外、つまりは歴史や現実から乖離した世界であり、小津安二郎の映画も含め戦時下に「日常」の再構築がされたことは今一度、注意しておいた方がいい。すると、無印良品がミニマリズム的文脈で小津や花森安治のエッセイの断片を生活雑貨と並べて売っていることに、ふと店頭で感じた違和の意味も多少、見えてくる。
戦後は反戦の人に転じた花森が、戦時下、翼賛会で活動したことは知られるが、翼賛会が進めていったのは「日常」、つまり「暮らし」の再構築だ。花森選の標語「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」などは戦時下のミニマリズムを象徴しているといえる。「暮らし」や「日常」に根ざして生きるというと聞こえはいいが、それは戦時下の「日常」を描くとたちまち、非政治的な「いい話」に転じてしまうアニメ『この世界の片隅に』への評価にも連なっていく。戦後、花森が「敵」としたのはもっぱら商品CMだが、戦時下の広告理論誌に散見する彼の精緻で冷徹なマーケティング理論を読むと、この人の大衆動員の才能がわかる。花森は「暮らしを犠牲にしてまで守る」べきものなど戦争にはなかったと戦後語るが、何か花森の広告批判は「暮らし」の敵を「国家の戦争」でなく、「企業広告」という仮想敵にすり替えてしまったようにも思える。「内閣を替えること」より「暮らし」(みそ汁)の方に関心を向ける有権者ほど、為政者にとって都合のいいものはない。そういう種類の「保守」こそは戦時下に「つくられた」のである。
(週刊ポスト2018.1.1/5 年末年始スーパープレミアム合併特大号より)

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