世の中に潜む「悪」への感度を上げる『悪の正体 修羅場からのサバイバル護身論』
世界中の知識人と渡り合った経験をもつ元外交官である著者が、現代社会の「悪」から身を守る方法を伝える一冊。精神科医の香山リカが解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
香山リカ【精神科医】
悪の正体 修羅場からのサバイバル護身論
佐藤 優 著
朝日新書
780円+税
誰の中にも潜んでいる「悪」の働きを少しでも抑えるために
現代社会を生き延びるためには、「悪魔」の存在に敏感にならなければならない。本書の著者は繰り返しそう言う。「悪魔? なんだオカルトの世界の話か」と思ってはいけない。著者が言う「悪魔」とは「悪が人格化したもの」であり、それは今も存在する。それどころか「権力とカネをめぐる腐敗の構造、すなわち悪の構造は、時代を経ても変わらない」中、「悪魔」は今ますますその動きを活発化させているようだ。
もちろん、私たちのような小人物がいきなり「悪魔」になるわけではないようだが、著者によると、悪は誰の中にも潜んでおり、いったん悪にとり憑かれると「個人的な活動の限界も、個人的な責任の限界も越える」という性質がある。たしかに「どうしてあの人が」というような善良そうな人が、ある状況や組織の中に置かれると、あっと驚くような不正や悪事を働いてしまう例も少なくない。
では、私たちはどうやって「悪魔」から身を守り、自らもそうならないようにすればよいのか。著者は聖書や神学書、『闇金ウシジマくん』などのマンガや小説までを縦横無尽に引きながら、この世の中にある悪に対して感度を上げていくためのコツを教えてくれる。「悪魔のささやきに反応するかしないかは人間次第」「受けるよりは与える方が幸い」「生き残るために、弁論や議論の技術を磨く」「他人を手段として使わず、誠実につきあう」「直観というふしぎな力を働かせる」「斜めから見たり、裏返したりしてみる」
精神科医の私は「病」に陥った人を治療するのが仕事だが、著者は人間から取り除くことが困難な「悪」の働きを少しでも抑えるためにはどうすればよいのか、というきわめて本質的な問題に生真面目に取り組もうとしている。
なお巻末に小さな活字で「新約聖書の読み方」が付録としてつけられているが、そこに書かれた「抜き書き」「断片読み」などの技法は読書術としてきわめて有用。学生や若手社員にもぜひ勧めてほしい。
(週刊ポスト 2017年8.11号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
片岡喜彦『古本屋の四季』/本好きの夢を叶えた! 古本屋の店主としての日々
定年退職後、古本屋を開くという夢をかなえた著者。あえて労働運動や社会思想の本を並べ、商いは厳しいながらも、客との会話は楽しい――そんな古本屋の日常を綴ったエッセイです。
-
今日の一冊
7つのツボで流れを理解『日本史のツボ』
天皇、宗教、土地、軍事、地域、女性、経済という7つのツボに沿って日本史を読み解く、わかりやすい日本通史を紹介!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】李琴峰『ポラリスが降り注ぐ夜』/新宿二丁目のレズビアンバーで7人の人生・・・
アジア最大級のゲイタウン・新宿二丁目のレズビアンバー「ポラリス」で交錯する、7人7様の人生の物語。15歳から日本語を学んだという台湾出身の著者は、「カミングアウトは必ずしも正義ではない」と語ります。
-
今日の一冊
悲劇へ向かう若者たちを描く『ヤングスキンズ』
アイルランドの荒廃した架空都市を舞台に、若者たちの暴力や犯罪が容赦なく描かれます。止めようもない悲劇へと向かっていく空気が漂う傑作を、翻訳家の鴻巣友季子が解説。
-
今日の一冊
『カラー版地図と愉しむ東京歴史散歩お屋敷のすべて篇』
-
今日の一冊
内田洋子著『ボローニャの吐息』はイタリアの美を語る珠玉のエッセイ。川本三郎が解説!
イタリアの日常を彩る「美を」巡る15の物語。在イタリア30年あまりの著者が描く最新のエッセイ集を、川本三郎が解説します。
-
今日の一冊
古矢 旬『シリーズ アメリカ合衆国史(4) グローバル時代のアメリカ 冷戦時代から21世紀・・・
保守政治家の規範から外れたトランプと、連邦上院唯一のアフリカ系議員としてエリートのオバマ。二人のアウトサイダー大統領の共通点とは?
-
今日の一冊
輝けるドラマの時代を考察する『90年代テレビドラマ講義』
野沢尚、野島伸司などの脚本家が脚光を浴び、テレビドラマが輝いていた九〇年代。当時のシナリオ検討から、どのように時代が反映されていたかまで、著者が詳しく考察しています。
-
今日の一冊
溝口敦著『闇経済の怪物たちグレービジネスでボロ儲けする人々』に見る闇社会の経営哲学とは。岩・・・
グレービジネスの勝者と呼べる人物が多数登場する一冊。法律スレスレの世界で暗躍するグレーゾーンの企業家たち。彼らの知られざる実態やその経営哲学に、極道取材の第一人者が迫る…!ノンフィクション作家の岩瀬達哉が解説します。
-
今日の一冊
『労働法改革は現場に学べ!これからの雇用・労働法制』
-
今日の一冊
【著者インタビュー】田中ひかる『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』/日本で三人目の公許女・・・
荻野吟子、生澤久野に続いて、日本で三人目の公許女医となった高橋瑞の生涯を描いた小説仕立ての群像劇!
-
今日の一冊
【2018年の潮流を予感させる本】ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか?
東大博士として第一線で活躍する研究者であり、注目の若手起業家でもある高橋祥子が語る「生命科学で今何が起きているか」。精神科医の香山リカが解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】岡田晴恵『秘闘 私の「コロナ戦争」全記録』/言うべきことを言えない、日・・・
日本の対コロナ政策は、なぜ迷走を繰り返したのか? この2年間、メディアでその姿を見ない日はない〝コロナの女王〟が真実を語る、迫真のノンフィクション。
-
今日の一冊
三羽省吾著『ヘダップ』が描く鮮やかな青春群像!著者にインタビュー!
考え、悩みながら前に進む18歳の桐山勇。汗と涙にまみれ成長する勇の姿には思わず目頭が熱くなります。慣れない新天地での生活に揺れる勇には、誰にも言えない過去が...。みずみずしい青春を描いた一作の、創作の背景を、著者にインタビュー。
-
今日の一冊
原田國男著『裁判の非情と人情』が明らかにする裁判官の日常。岩瀬達哉が解説!
元東京高裁判事が、法廷でのさまざまなエピソードから、裁判員制度、冤罪、死刑にいたるまで、知られざるその仕事の日常を赤裸々に語った一冊。岩瀬達哉が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】中森明夫『キャッシー』/超能力をもつアイドルの愛と復讐を描く
のぼせ症でよく鼻血を出し、周囲から揶揄われていた少女には、ある〈ちから〉があった――孤独のなかでアイドルを夢見た少女の、愛と復讐の物語。アイドル評論の第一人者としても知られる著者・中村明夫氏に、作品の背景を訊きました。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】平岡陽明『イシマル書房 編集部』
神田神保町の小さな出版社に訪れた、会社存続の危機。出版不況のなか、ベストセラーで起死回生を狙うが……。小説を愛する人々を生き生きと描く、著者にインタビュー!
-
今日の一冊
【2018年の潮流を予感させる本】『こうして歴史問題は捏造される』
歴史の事実を見抜く力をつけるには。謙虚に歴史を見つめる方法をわかりやすく提示する一冊。平山周吉が解説します。
-
今日の一冊
水野和夫著『株式会社の終焉』が主張する資本主義とは?森永卓郎が解説!
近代資本主義と、それを担う近代株式会社の誕生から現代まで、その歴史を紐解いた一冊。必然としての現在の資本主義の終焉と、それに伴い、株式会社に、残されている時間はあまりないことを、丁寧に述べています。経済アナリストの森永卓郎が解説!
-
今日の一冊
デヴィッド・グレーバー 著、酒井隆史、芳賀達彦、森田和樹 訳『ブルシット・ジョブ クソどう・・・
世の中に存在する「クソどうでもいい仕事」=「ブルシット・ジョブ」。まんが原作者の大塚英志は、日本の官僚組織がこの著者の言う巨大なブルシット・ジョブ機関であると言います。