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一本気な男の恋情がせつない『ゼンマイ』

「ジプシー魔術団」にいたかつての恋人がくれた、不思議なゼンマイ。その小箱をてがかりに、モロッコへ向かった主人公が出会ったのは……。謎が謎を呼ぶ、77歳・元不良の旅の物語。

【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
嵐山光三郎【作家】

ゼンマイ

ゼンマイ 書影
戌井昭人 著
集英社
1300円+税
装丁/芥 陽子

昔愛した女に会うためにモロッコへ向かう77歳の元不良

年をとると、ひと昔前の不良おっさんは思い出だけが生きるバネになってくる。せつなく一本気な男の恋情にほろりときて、泣かせます。たまんないね、この小説を読んだら、だれだってモロッコのタンジェへ行きたくなるだろう。ジブラルタル海峡に面したメディナの迷路の町へ。
横浜に生まれ、度胸のある男として裏社会に通じていた竹柴という男は、いまはバンブー運輸社長となり、コンサートツアー用の大型トラックを十台持っている七十七歳である。
竹柴は若いころ、フランスからきた「ジプシー魔術団」巡業のトラック運転手をしていた。そのとき、モロッコ生まれの女ハファと恋仲となった。艶のある長い黒髪、青いガラス玉のような目、褐色の肌。ハファとは巡業中に毎晩のように情事を重ねた。ハファが帰国するとき、魔除けになるといって、ゼンマイの箱をくれた。ゼンマイを巻くとジリジリと音をたて、ゆっくりと廻りはじめる。
ゼンマイを巻いた効果で運輸会社の社長になったが、巻き忘れると災難が身にふりかかった。そのゼンマイの弾力が弱くなってきたころ、竹柴はハファの家があったタンジェへ行きたくなる。さあ、どうなるか、謎が謎をよぶ。
雑誌のライターをしている細谷進は竹柴に頼まれて、タンジェへ同行することになる。ドバイ経由で、モロッコのカサブランカに到着すると、アフリカ大陸の真青な空。列車でタンジェへ行く。
町は喧騒に飲みこまれ、肉の焼けるニオイ、油のニオイ、香辛料、体臭、地面のニオイ、それらが鼻の穴の中で交差する。酒はホテルのバーか秘密クラブでしか飲むことができない。詐欺師が話しかけてくる。車道の端には工事現場から飛んできた砂が溜まる。
ハファの写真を持って、店を尋ね歩く。どこでもふるまわれる甘いミントティー。ゼンマイをジリジリと巻く。さて、竹柴は、いとしい恋人ハファと会うことができるか。衝撃の結末へむかって、旅がつづく。

(週刊ポスト 2017年9.15号より)

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