沖縄を知り、日本を知る『ルポ 沖縄 国家の暴力 現場記者が見た「高江165日」の真実』
沖縄の米軍ヘリパッド建設現場に通い詰めた記者による、渾身の取材記。目を背けるべきでない、日本の真実がそこにあります。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
香山リカ【精神科医】
ルポ 沖縄 国家の暴力 現場記者が見た「高江165日」の真実
阿部 岳 著
朝日新聞出版
1400円+税
装丁/漆原悠一(tento)
日本人なら知るべき「日本のある場所で起きた事実」
友人たちとの会話で「沖縄の基地」という単語を出すと、「反対派は暴力的なんだってね」と顔をしかめられることがある。「政治の話題は」と打ち切られることもある。一方で「沖縄のビーチや料理」となるととたんに話がはずむ。「沖縄は私の愛する別天地であってほしい、それ以外の話は聞きたくない」というところだろうか。
そんな人にこそぜひ読んでほしい。昨年、オスプレイの離着陸ができる米軍ヘリパッド建設が強引に行われた沖縄北部の高江地区に通い詰めた新聞記者の取材記だ。
高江地区ではこれまでヘリパッド建設工事に対して二度の反対決議が出されている。沖縄全体でも選挙があるたびに基地反対の候補者が選出されている。しかし、民意で「米軍基地はいらない」と訴えても、一向に聞き入れられない。だとしたら残されているのは、建設予定地に座り込み、工事を遅らせることだけだ。それが昨年の7月になって一気に500人もの機動隊員が全国から高江地区に送り込まれ、座り込んでいる住民は“ごぼう抜き”で排除され、工事車両がどんどん建設予定地に入り込むようになっていった。沖縄防衛局とのもみ合いでは「押された」「転ばされた」と訴える局員も出て、日がたってから傷害の容疑で逮捕され、中には半年以上、勾留が続けられる人もいた。日米政府の“ご意向”に背いて反対運動を続ける人たちを攻撃したい極右勢力は、「運動参加者は日当をもらっている」「暴力を振るうのは住民側」といったデマを拡散し続けた。著者は取材を続けながら言う。「ここは日本なのか、と目を疑うことがしばしば起きた。戦後日本が表向き保障してきた人権や市民的自由が否定され、権力が意のままに振る舞う。これは戒厳令なのだ。」
見ずに考えずにすめば、それがいちばんラクだ。しかし、日本のある場所でこんなことが起きたのは事実なのだ。著者は「きょうの沖縄は、あすの本土である」とも言う。「沖縄の基地? フクザツな問題だよね」とスルーせずに、ぜひご一読を。
(週刊ポスト 2017年9.22号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
マツリとしての選挙の実相を描く『民俗選挙のゆくえ 津軽選挙vs甲州選挙』
悪名高き、かつての「津軽選挙」と「甲州選挙」を対比し、マツリのように熱狂的な民俗選挙の実相を描いた一冊。大塚英志が解説します。
-
今日の一冊
世の中に潜む「悪」への感度を上げる『悪の正体 修羅場からのサバイバル護身論』
世界中の知識人と渡り合った経験をもつ元外交官である著者が、現代社会の「悪」から身を守る方法を伝える一冊。精神科医の香山リカが解説します。
-
今日の一冊
【激動の2022年を振り返る「この1冊」】峯村健司、小泉悠、鈴木一人、村野将、小野田治、細・・・
ロシアによるウクライナ侵攻、安倍元首相銃撃といった衝撃的な事件が次々に起きた2022年。大きな歴史の分岐点に立つ私たちはいま、何を考え、どう処すべきなのか? その手がかりとなる1冊を紹介するスペシャル書評! 第1冊目は作家・嵐山光三郎が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】野村達雄『ど田舎うまれ、ポケモンGOをつくる』
中国のど田舎で生まれた著者は、いかにして極貧生活から、世界的大ヒットゲーム『ポケモンGO』のゲームディレクターになったのか? その生い立ちや、ゲームに込めた想いを訊きました。
-
今日の一冊
『音楽の未来を作曲する』
-
今日の一冊
江戸と明治の狭間を描く旅日記『福島の絹商人、文明開化と出会う 明治六年の旅日記』
明治6年、福島のひとりの商家の若旦那がお伊勢参りの旅に出ます。そこで目にしたものは、江戸時代の色を残しつつ、文明開化に賑わう江戸時代と明治時代の端境期にある日本の姿でした。
-
今日の一冊
荒川 晃『私説 春日井 建――終わりなき反逆』/三島由紀夫に絶賛された歌人の多面的な天才像
十九歳でデビューし、三島由紀夫に絶賛された春日井 建氏の評伝。サブカル創生期に「同性愛、暴力指向、血への偏愛」にあふれた短歌を詠んだ歌人の人生を、親友が語ります。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】綾小路きみまろ『人生は70代で決まる』/70代は元気に過ごせるラストチ・・・
愛ある毒舌や自虐で大人気の綾小路きみまろ氏が、10年先、20年先を見据えて綴ったという一冊。老いも孤独も、見方をズラせば面白くできると、中高年の悲哀に長年寄り添うプロがその極意を明かします。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】長谷川晶一『幸運な男 伊藤智仁 悲運のエースの幸福な人生』
1993年にドラフト1位でヤクルトスワローズに入団し、魔球のような高速スライダーで野球ファンを熱狂させながらも、現役生活の大半を故障との闘いに費やした伊藤智仁選手。その初の本格評伝を記した、著者にインタビュー!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】石上智康『[増補版]生きて死ぬ力』/仏法の心をわかりやすい言葉で伝えた・・・
浄土真宗本願寺派総長を務める石上智康氏が、仏法の大切な教えをわかりやすい言葉で綴った一冊。もはや死を他人事と捉えることはできない、コロナ禍のいまを生きるためのヒントが詰まっています。
-
今日の一冊
デヴィッド・グレーバー 著、酒井隆史、芳賀達彦、森田和樹 訳『ブルシット・ジョブ クソどう・・・
世の中に存在する「クソどうでもいい仕事」=「ブルシット・ジョブ」。まんが原作者の大塚英志は、日本の官僚組織がこの著者の言う巨大なブルシット・ジョブ機関であると言います。
-
今日の一冊
全盲作家による小品文学『治療院の客』
持病の網膜色素変性症が進行し、五十歳で全盲にいたった著者による短編集。フツウの人の運命を切り取った作品は、短いながら読みごたえ十分です。
-
今日の一冊
【「2020年」が明らかにしたものとは何か】斎藤幸平『人新世の「資本論」』/限界を迎えた資・・・
誰もが変化と向き合った激動の1年を振り返るスペシャル書評。第8作目は、晩年のマルクスが構想した「脱成長コミュニズム」の必要性を説く新書。経済アナリストの森永卓郎が解説します。
-
今日の一冊
古矢 旬『シリーズ アメリカ合衆国史(4) グローバル時代のアメリカ 冷戦時代から21世紀・・・
保守政治家の規範から外れたトランプと、連邦上院唯一のアフリカ系議員としてエリートのオバマ。二人のアウトサイダー大統領の共通点とは?
-
今日の一冊
松隈洋著『建築の前夜 前川國男論』は読み応え抜群の評伝。井上章一が解説!
ル・コルビュジエのもとで学んだ経歴を持つ建築家・前川國男の半生を描いた一作。戦時下の体制への建築家の関与などを検証した資料でもあります。井上章一が解説。
-
今日の一冊
奥泉 光『ゆるキャラの恐怖 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活3』/底辺校の万年准教授を・・・
主人公は、学究意欲・教育意欲の欠片もない、底辺校の万年准教授「クワコー」こと桑潟幸一。ひたすらクビにならぬよう、大学のゆるキャラの着ぐるみを着て行事を盛りあげたりするが、ある日脅迫状が送られてきて……。脱力ミステリー「クワコ―・シリーズ」第三弾!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】北野新太『等身の棋士』
藤井聡太、羽生善治、渡辺明、加藤一二三など、高潔な棋士たちの孤独に寄り添い、その横顔を伝える将棋ノンフィクション。著者にインタビューしました!
-
今日の一冊
イギリスの紀行作家の旅を辿る『イザベラ・バードを鉄道でゆく 新にっぽん奧地紀行』
明治時代に来日し、日本の奥地を旅したイギリス人探検家・紀行作家のイザベラ・バード。近年人気が高まっている彼女の足取りを辿った、注目のルポルタージュを紹介します。
-
今日の一冊
日本人は調和を大切にする……はホント?『日本の醜さについて 都市とエゴイズム』
集団主義で、調和を大切にするのが日本人の国民性だと言われています。果たして、本当にそうなのでしょうか? 建築史家であり、文明史家でもある井上章一が、通説に疑問を投げかける一冊。
-
今日の一冊
リチャード・パワーズ 著、木原善彦 訳『惑う星』/アメリカの近未来の透視図ともいえる話題作
二年前に妻を亡くした宇宙生物学者シーオと、その一人息子ロビン。心のトラブルを抱えるロビンは、母の旧友である脳神経学者のもとで実験的な〝治療”セッションを受けることになるが……。米文学の大黒柱のひとり、リチャード・パワーズの最新作!