ジャズを読み解く『〈ポスト・ジャズからの視点〉I リマリックのブラッド・メルドー』
現代ジャズを牽引する気鋭のピアニスト、ブラッド・メルドーの軌跡を軸に、ジャズの世界を著者が的確な言葉で説明していきます。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
井上章一【国際日本文化研究センター教授】
〈ポスト・ジャズからの視点〉I リマリックのブラッド・メルドー
牧野直也 著
アルテスパブリッシング
1900円+税
装丁/折田烈(餅屋デザイン)
妥当な言葉をひろいだすために神経をとぎすませた論評
ジャズは、1960年代で歩みをとめたと、よく言われる。フリーの頂きへたどりついたあとは、かつての形式をなぞるだけ。70年代以後は、それを洗練していくことに終始した。今は以上のように話をまとめることが、ジャズ語りの常套になっている。
だが、フリーへはむかわずに新しい途をさぐってきた演奏家も、いなくはない。ブラッド・メルドーも、そんな志をもったピアニストのひとりである。
あっ、この人、おもしろいことをやっている。20世紀末に、そのトリオ演奏を聴いてそう想った。だが、ピアノの響きじたいに、華はない。チック・コリアの生気やキース・ジャレットの艶とくらべれば、たいそう地味である。いったい、この人のどこに自分は新鮮さを感じているのか。おもしろいと言いながら、私にはそのことがよくわかっていなかった。
メルドーは、21世紀にはいってピアノ・ソロの録音を、よく発表しだしている。こちらは、かがやかしい演奏ぶりで、たのしく聴ける。アルバムの『ライブ・イン・トーキョー』(2003年)など、感動的なまでに美しい。
しかし、トリオ演奏にこめられた表現の屈折は、あまりあじわえない。これは、いったいどういうことなのか。私はそんな感想と疑問をいだいてきたが、その意味を考えてはこなかった。
著者は、そのことを、じつに的確な言葉で説明してくれる。メルドーは原初的衝動へふみだすことなく、ジャズの内側でたえている。そして、半歩前へにじりでて、その枠組みを内側からひろげてきたという。はしょった要約だが。
ただ、たくさんの音源に接してきたというだけではない。著者は、それらを考えぬいている。妥当な言葉をひろいだすために、神経をとぎすませてきた。ソロ・ピアノの、どこか空疎なかがやきについても、得心がいったしだいである。そう言えば、著者は青柳いづみこの文業にも、一目おいているという。そこからも、書き手としての志をおしはかってほしい。
(週刊ポスト 2017年9.22号より)

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