娘殺しの冤罪被害者による手記『ママは殺人犯じゃない 冤罪・東住吉事件』
家族4人で暮らす平凡な主婦であった著者は、なぜ娘殺しの汚名を着せられ、冤罪被害者になってしまったのか? 無辜の民を極悪非道の犯罪者に仕立て上げる捜査機関と、司法の“犯罪”を明らかにする手記。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
岩瀬達哉【ノンフィクション作家】
ママは殺人犯じゃない 冤罪・東住吉事件
青木惠子 著
インパクト出版会
1800円+税
装丁/宗利淳一
「自白偏重と検察盲信」で21年間も自由を奪われた無辜の民
平凡な主婦として家族4人で暮らしていた著者が、突如、冤罪被害者となったのは、火災で自宅が全焼し、小学生だった長女が死亡したことにはじまる。
火災原因は、のちに、自宅一階の車庫に
密室での長時間の取り調べで、内縁の夫は共謀を「全部認めているぞ」、お前も「『認めろ』と大声で怒鳴ったり、机を叩いたり」されるなか、「わけもわからずに、怒鳴られる恐怖感」から逃れるため、虚偽の自白をしてしまったのである。
この自白を引き継いだ検察官は、「あなたを完璧に有罪と思って起訴するわけではありません」「無実なら、弁護士さんと頑張って下さい」と、まるでゲームをするかのように言い放ち、無期懲役を求刑した。
本来、公正に審理すべき裁判官にしても、「自白偏重と検察妄信」に凝り固まっていて、著者の主張にはまったく耳を傾けなかった。ひたすら、捜査機関が描いたストーリーのままに、有罪判決を言い渡し、21年もの長きにわたり自由を奪われてしまったのである。
この一連の構図は、捜査機関がいったん走り出すと、面子にかけても有罪にしようとの行動原理が働くことを示している。そうでなければ、世間から非難され、捜査員や検察官の、その後の出世に響くからだろう。そして、「疑わしきは被告人の利益」という刑事裁判の大原則を忘れた裁判官が、〝裁判に値しない裁判〟をすることで、簡単に冤罪が生み出されていくわけだ。昨年、再審無罪が確定。
「『子どもを亡くした母親』から『子どもを殺した母親』」にされてしまった著者は、その汚名を晴らしながら、無辜の民を極悪非道の犯罪者に仕立て上げる捜査機関と司法の“犯罪”を告発している。
(週刊ポスト 2017年10.27号より)

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