焼け野原だった新宿を変えた『台湾人の歌舞伎町 新宿、もうひとつの戦後史』
終戦直後、焼け野原だった新宿歌舞伎町が発展した陰には、台湾人の活躍がありました。丁寧な聞き取りと資料調査を重ねて綴られた「もうひとつの歌舞伎町史」。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
与那原 恵【ノンフィクションライター】
台湾人の歌舞伎町 新宿、もうひとつの戦後史
稲葉佳子 青池憲司 著
紀伊國屋書店
1800円+税
装丁/鈴木成一デザイン室
「内地留学」していたインテリ青年たちの活躍によって発展
終戦直後の新宿歌舞伎町あたりは焼け野原だった、と話していたのは、故種村季弘さん(ドイツ文学者)である。私が子どものころ、歌舞伎町は映画を見に行くところで、帰りにロシア料理店に寄るのが楽しみだった。父に連れられて何度か行った沖縄料理屋「南風」は女優の嘉手納清美の実家だと知られていて、在京沖縄人が集う店だった。この歌舞伎町がかつて野原だったとは想像もつかなかったが、たしかに昔の歌舞伎町には「新開地」の雰囲気が残っていた。
戦前は小さな商家や住宅が混在し、高等女学校があった旧角筈一丁目北町だが、空襲により空白地帯となった。終戦後、この一帯を興行街にする計画が立ち上がる。歌舞伎劇場の建設が予定され、町名も「歌舞伎町」に変更された。結局、歌舞伎劇場建設は頓挫したものの、映画館や娯楽施設がつくられ、その周辺に個性的な飲食店が誕生していった。
こうした歌舞伎町の発展には台湾人の活躍があったことを本書は明らかにしていく。名曲喫茶「スカラ座」や「らんぶる」、そして「風林会館」や「アシベ会館」などの創業者は台湾人であったことに私は驚いた。著者は丁寧な聞き取りと資料調査を重ね、ドラマに満ちた「もうひとつの歌舞伎町史」を描きだす。
台湾人創業者の多くは、戦前から日本に「内地留学」していた若者たちだ。日本統治下にあった台湾から留学をすることができた彼らは、富裕な家に生まれたインテリ青年だが、終戦により裸一貫となってしまう。台湾の政治状況も混乱をきわめており、日本にとどまらざるを得なくなった彼らは、まず新宿西口の闇市マーケットで商売を始めるのだが、やがて閉鎖されてしまう。そこで、新しく生まれたまち歌舞伎町に活路を見出していったのだ。
台湾人華僑のネットワークや金融組織なども興味深いが、彼らのビジネス哲学は利益を求めるだけではなく、人が集う場としての魅力、広い意味でのまちの文化をつくろうとした気概を感じる。
(週刊ポスト 2017年11.3号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
アラフォー女性の、もどかしくも純な思いを表現する十二編の短編集!/長嶋 有『私に付け足され・・・
芥川賞・大江健三郎賞・谷崎潤一郎賞受賞作家による短編集。夫婦の冷戦期をやり過ごした者や、夫婦仲が壊れてしまった者、シングルらしき者……。アラフォー女性たちのもどかしくも純粋な思いが、愛情をもって絶妙に描かれています。
-
今日の一冊
佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』はナチス体制下のドイツを舞台に描く音楽青春小説
ナチス政権下のドイツが舞台。享楽的な日々を送る少年が夢中になったのは敵性音楽のジャズだった……。そんな少年の目を通して、戦争の狂気をあぶり出す重厚な物語。与那原恵が解説します。
-
今日の一冊
港 千尋『写真論――距離・他者・歴史』/写真史・文化人類学・社会学・文学の領域を横断した刺・・・
フランスの小さな村で、1822年に写真の原理が誕生してから200年。この二世紀で写真は大きく成長し、変貌しました。改めて写真を社会との関係において捉え直し、それが人間の意識や記憶にとってどのような役割を果たしてきたか論考する一冊を紹介します。
-
今日の一冊
宗像紀夫『特捜は「巨悪」を捕らえたか 地検特捜部長の極秘メモ』/ロッキード事件・リクルート・・・
国家権力の暴走を監視しなければならないプレッシャー、供述を引き出した容疑者に自殺された悔恨とトラウマ――元東京地検特捜部長の著者が赤裸々に綴る、権力犯罪の捜査の裏側。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】寺井広樹『AV女優の家族』/実直なインタビューで業界最大のタブーに迫る・・・
白石茉莉奈、板垣あずさといった人気AV女優たちに、業界で最大のタブーとされる「家族の話」を訊くインタビュー集! ウソや綺麗事は一切書かず、それでいて前向きな本にしたかったと著者は語ります。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】雁須磨子『あした死ぬには、』1/40代が直面する不安な「あるある」を人・・・
映画宣伝会社に勤める42歳独身の主人公は、仕事ができない同僚に怒りながら働く日々を過ごしていたが、ある夜、心臓の動機が止まらなくなって……。40代女性の体調の変化や、周囲の人間関係などを細やかに描いた傑作。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】新川帆立『元彼の遺言状』/2020年度の『このミステリーがすごい!』大・・・
「名乗り出てきた容疑者たちが、犯人の座を争う」というまったく新しい形のミステリーで、見事『このミス』大賞を受賞した新川帆立氏にインタビュー!
-
今日の一冊
牧久著『昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実』には重大証言と新資料が満載!
昭和の後半、国民の一大関心事であった「国鉄再建」。その事実を、重大な証言や新資料でつぶさに検証する一冊。創作の背景を著者にインタビュー。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】大沢在昌『暗約領域 新宿鮫XI』/30年目を迎えた警察小説の金字塔!
1990年刊の『新宿鮫』から約30年。ヤミ民泊、MDMA、仮想通貨、謎の国際犯罪集団の台頭など、複雑さを増す現代の犯罪シーンを活写する、大人気警察小説シリーズ最新作を紹介します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】李琴峰『ポラリスが降り注ぐ夜』/新宿二丁目のレズビアンバーで7人の人生・・・
アジア最大級のゲイタウン・新宿二丁目のレズビアンバー「ポラリス」で交錯する、7人7様の人生の物語。15歳から日本語を学んだという台湾出身の著者は、「カミングアウトは必ずしも正義ではない」と語ります。
-
今日の一冊
【「2020年」が明らかにしたものとは何か】磯田道史『感染症の日本史』/史書や天皇の日記な・・・
誰もが変化と向き合った激動の1年を振り返るスペシャル書評。第4作目は、有史以前からスペイン風邪のパンデミックに至るまで、さまざまな感染症の史実を検証した新書。作家・嵐山光三郎が解説します。
-
今日の一冊
和田裕美著『ママの人生』に描かれた、人生で最も大切なこと。著者にインタビュー!
スナックで働くママは、いつも仕事と恋に忙しい。自由気ままな母の生き方に翻弄されながらも、主人公「わたし」は人生でもっとも大切なことを学んでいきます。実の母をモチーフに描く、半自伝的小説。著者にその創作の背景をインタビュー!
-
今日の一冊
【2020年の潮流を予感させる本(13)】千葉雅也『デッドライン』/「性の境界線」を生きる・・・
新時代を捉える【2020年の潮流を予感させる本】、ラストは、『勉強の哲学』でブレイクした気鋭の哲学者・千葉雅也氏の処女小説。雑文家の平山周吉が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】阿川佐和子『ことことこーこ』
フードコーディネーターとして働くアラフォーの出戻り娘・香子(こうこ)と、物忘れが多くなった母・琴子(ことこ)の、介護と料理をめぐる物語。自身も現在、認知症の母を介護しているという著者に、作品についてお話を伺いました。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】千早茜『ひきなみ』/女性同士の距離感のある友情を描いてみたかった
ずっと一緒だと思っていた彼女は、脱獄犯の男と共に島から消えてしまった――特有の文化や因習のある瀬戸内の島で出会った、2人の女の子の物語。作品に込めた想いを著者に訊きました。
-
今日の一冊
松浦 玲『徳川の幕末 人材と政局』/人事のミスマッチこそが徳川幕府瓦解の要因だった
幕末における統制が乱れた人事を、しっかりとした史眼をもって検証した幕末通史。当時の将軍や老中たちの人物像が、卓越した文章力で描かれています。
-
今日の一冊
【「2020年」が明らかにしたものとは何か】西浦 博、川端裕人『理論疫学者・西浦博の挑戦 ・・・
誰もが変化と向き合った激動の1年を振り返るスペシャル書評。第1作目は、「8割おじさん」として知られる理論疫学者・西浦博氏が、コロナ流行初期から「第一波」を乗り切るまでの体験をまとめた一冊。ノンフィクションライターの与那原恵が解説します。
-
今日の一冊
河合祥一郎著『シェイクスピアの正体』が解く演劇史上最大の謎!鴻巣友季子が解説!
シェイクスピアとは誰なのか。その作品の偉大さから、さまざまな謎に包まれていますが、シェイクスピア研究の第一人者が、謎解きで読ませる「別人説」ミステリー。翻訳家の鴻巣友季子が解説します。
-
今日の一冊
小西康陽『わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム 1992-2019』/最高にマニアックな・・・
“ピチカート・ファイヴ”でデビューし、世界中で高い評価を得た音楽家・小西康陽氏のコラムやレビュー、対談、未発表の日記などを収録した一冊を紹介!
-
今日の一冊
【2020年の潮流を予感させる本(9)】武田 薫『増補改訂 オリンピック全大会』/五輪の歴・・・
新時代を捉える【2020年の潮流を予感させる本】、第9作目は、オリンピックにまつわる一冊。新型コロナウイルスの影響で東京五輪は延期が決定してしまいましたが、いま改めて、その歴史をじっくり振り返ってみてはいかがでしょうか。国際日本文化研究センター教授の井上章一が解説します。