マツリとしての選挙の実相を描く『民俗選挙のゆくえ 津軽選挙vs甲州選挙』
悪名高き、かつての「津軽選挙」と「甲州選挙」を対比し、マツリのように熱狂的な民俗選挙の実相を描いた一冊。大塚英志が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
大塚英志【まんが原作者】
民俗選挙のゆくえ 津軽選挙vs甲州選挙
杉本 仁 著
梟社
2600円+税
装丁/久保田考
同族意識に根差した運動の実相を身も蓋もなく描き出す
選挙が終わるとルーティーンのように「風」に左右された選挙結果を批判し、またころりと忘れるが、この国で人が選挙では「群れ」としてしか行動できないことに最初にキレたのは、昭和3年第一回普通選挙の後の柳田國男だ。柳田は最初から普通選挙のリスクとして「国民の盲動」を指摘し、主権者教育のツールとして彼の学問をつくろうとした。だとすれば、その学問、つまり民俗学は、何故、この国の選挙民は群れるのか、という問いに答えを出すものとして何よりなくてはいけない。しかし、もはや、民俗学は、ぼくの妖怪まんがの種本にしかならない。「近代システム」であるはずの選挙がいかにムラ社会に絡めとられ、どのような実相としてそれを全く違うものにつくり変えていったのかを問う学問たりえなかった。
本書はその中にあって、柳田の問いを踏まえつつ、悪名高き、かつての「津軽選挙」「甲州選挙」を対比し、柳田が、選挙民が「群れ」と化す要因とした「ケヤク」(擬制的親子関係)、「マキ」(同族組織)、そこに政党組織が絡みあい、寺社の祭礼の仕切りの如き選挙運動、そして、飲食の供与や買収、替玉投票といった選挙違反など「ムラの民俗」に徹底して根差すマツリとしての「民俗選挙」の実相をその身も蓋もなさも含めて描き出し、不謹慎だが、おもしろい。その「民俗選挙」の土着ぶりは、良くも悪くも「票」となり、結果、民意と呼ばれるものの一部を今も成していることがよくわかる。しかし、その「草の根」や、選挙の祝祭性に「これから」の可能性を見出すか否かでぼくと杉本の立場は別れる。「民俗知」を生かした選挙という杉本の主張の響きは心地よいが、「民俗選挙」がWeb上で仮想化し再生しているのが、例えば、ネトウヨたちの政治的動員や祝祭ぶりだとむしろ感じる。村の前近代とWeb上のポストモダンの相似と共振が今の「保守」の得体の知れなさの正体なのだ。そこまで踏み込んでようやく、杉本の「選挙の民俗学」は現在に届くはずなのだが。
(週刊ポスト 2017年11.24号より)

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