プロによるわかりやすい名曲解説『ピアノの名曲 聴きどころ 弾きどころ』
ロシア人ピアニストによる、クラシックの解説本。ベートーヴェンやシューベルト、シューマンなど、おなじみの有名作曲家のピアノ曲に光をあて、音楽の専門用語がにが手な人にもわかりやすく読み解いていきます。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
井上章一【国際日本文化研究センター教授】
ピアノの名曲 聴きどころ 弾きどころ
イリーナ・メジューエワ 著
講談社現代新書
900円+税
作曲者が心血をそそいだ曲に光をあてた名曲解説
いわゆるクラシックのピアノ曲を解説してくれる本である。そうとうつっこんだ話になっているが、それでもわからないということはない。音楽の専門用語がにが手な人でも、読めば新たに見えてくるところは、あると思う。
著者は、イリーナ・メジューエワ。今は日本に腰をすえて演奏活動をしているロシア人である。
ピアニストである当人じしんが、文章を書いているわけではない。その語りを編集者たちが聞きとり、一冊にまとめている。ただ、ねんのため書くが、日本語はかなり達者な人である。私は彼女のトークを、京都のラジオで聞いたことがあり、その点はうけあえる。
とりあげられる作曲家は、たとえばベートーヴェン、シューベルト、シューマンら。それぞれの有名どころと、作曲者が心血をそそいだ曲に、光があてられる。たとえばシューマンなら、まず「トロイメライ」。つづいて「クライスレリアーナ」というように。
よく知っている曲が、先に解説されるので、つぎの本命読解もとっつきやすい。読み手のなじみやすさにも気をつかってくれる、ゆきとどいた編集である。
おどろかされたのは、シューベルトの「ピアノ・ソナタ第21番」を読みといたところ。私は作曲家最晩年の、静かに歌うあまり華のない曲だと思ってきたが、とんでもない。シューベルトは、ここにおどろくべき巧緻をこめていた。
たとえば、第1楽章8小節目の左手によるトリル。これが、第4楽章6、7小節目の下降半音階とひびきあっているらしい。そして、ピアニストは、そんなところへも細心の注意をはらいながら、ひいている。このデリカシーを、聞きとる側が、どれだけ耳でひろえているか。私は気づけていなかったし、はなはだ心もとなく思う。
以前、内田光子のCDでこの曲を聞き、やけに神経質な演奏だなと感じた。もっと、歌心をひびかせてほしいとも思っている。この本を読んだ今、かつてのそんな感想を反省した。そもそも、奏者には緊張をしいる曲なのだ。
(週刊ポスト 2017年12.1号より)

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