『中原圭介の経済はこう動く[2016年版]』
森永卓郎【経済アナリスト】
「カビの生えた経済学」に立脚しないアプローチ
中原圭介の経済はこう動く[2016年版]
中原圭介著
東洋経済新報社
1500円+税
装丁/上田晃郷
著者の中原圭介氏は、大学やシンクタンク出身のエコノミストではない。しかし、日本で最も予測の当たる経済アナリストとして人気を集めているらしい。
本書を読むと、著者がきちんと経済を勉強していることが分かる。そして、経済の動向に実質賃金の動きが最も重要だとする著者の意見に私は全面的に賛成だ。また、来年の経済をみるうえで重要な外的変化が、中国経済の減速と米国の金利引き上げだという点も、私の見方とまったく同じだ。
ところが、著者は、来年対ドル為替が大きく円高に動くと予想している。その点に私は違和感を持った。なぜなら、米国が金利を引き上げれば、ドルを買う人が増えて、ドル高になるというのが、普通の経済理論だからだ。
それでは、なぜ著者が円高を予想するのかというと、米国が12年9月にQE3を始めた直後に、円高トレンドが終焉したことをあげている。今回は、その逆バージョンが起きるというのだ。私は、当時、円高が終わったのは、日銀が思い切った金融緩和に踏み切ったからだと思っているのだが、著者は日銀の金融政策の効果を全否定しているから、著者の世界のなかでは、整合性が取れているのだ。
著者の日銀の金融緩和に対する評価は手厳しい。デフレ脱却のために意図的に物価を上げに行くという金融緩和政策は、需給がひっ迫して物価が上がる高度成長期のイメージから脱却できないカビの生えた理論だと、切り捨てる。いまの物価は資源エネルギー価格が左右する21世紀型なのだという。
私はかれこれ30年にもわたって、経済予測の仕事に携わってきた。そのなかで私なりに経済理論と整合的な予測をしてきたつもりだが、正直言うと、私の予測が当たるのは、何年かに一度しかない。だから、本当に予測を当てようと思ったら、著者のような「カビの生えた経済学」に立脚しないアプローチの方がよいのかもしれない。いずれにせよ、来年円高になるのか、円安になるのかで、この本の最終評価をしたいと思う。
(週刊ポスト2015年12・18号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
原田隆之『痴漢外来――性犯罪と闘う科学』/性的依存症はどれほどキツいものなのか
「脳があたかも、セックスに乗っ取られてでもいたかのよう」になるという、性的依存症。満員電車での痴漢や盗撮など、巷にあふれる性犯罪を減らすためには、刑罰に加えてこの依存症の「治療」が必要だといいます。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】佐野広実『シャドウワーク』/江戸川乱歩賞作家がDVや夫の暴力から逃げ回・・・
傷付いた女達が共に暮らして再起を図る一風変わったシェルターを舞台に、DVの闇を描くミステリー! 創作の背景を、著者に訊きました。
-
今日の一冊
独創的な言語哲学の書『エコラリアス 言語の忘却について』
子どもには本来、あらゆる音声を発音する能力があるが、言語を習得するにしたがって、母語にある音しか発音できなくなる。しかし、その記憶は完全に消え去るわけではない――。忘れることの創造性を説く稀代の書。
-
今日の一冊
ジョージ・ソーンダーズ 著、岸本佐知子 訳『十二月の十日』/アメリカで“作家志望の若者にも・・・
翻訳者いわく、ほとんど「バカSF」と呼びたくなるような設定で、登場人物はみな変でダメな人たち。しかし一本筋が通っており、読んでいくうちに、アメリカが抱える諸問題が浮かび上がってきます。
-
今日の一冊
私小説作家・車谷長吉を支えぬいた、高橋順子による回想『夫・車谷長吉』
作家・車谷長吉を支えた妻が振り返る結婚生活。その魂の交流を描いた一冊『夫・車谷長吉』。その創作の背景を著者にインタビュー。
-
今日の一冊
D・デッター、S・フォルスター著『政府の隠れ資産』が紹介する国家の隠された富を上手に活用す・・・
政府の隠された資産の実態を暴く一冊。隠された富の上手な活用法の紹介などがつぶさに解説されています。経済アナリストの森永卓郎が解説します。
-
今日の一冊
『狂うひと「死の棘」の妻・島尾ミホ』(梯久美子著)が描く、戦後文化史に残るカップルの視点。
島尾敏雄の『死の棘』に登場する愛人「あいつ」の正体は誰なのか?未発表原稿や日記、手紙等の膨大な新資料によって、伝説の名作の隠された事実を掘り起こす著者渾身の評伝。川本三郎が解説します。
-
今日の一冊
河谷史夫著『本に遇うⅢ 持つべき友はみな、本の中で出会った』は出会った本をめぐるキレのい・・・
本との出会いで、人生を決定づけられることもある、といっても良いかもしれない。そんな、本との出会いを痛快に描いた人気エッセイ。多岐に渡り、本の魅力を解説しています。池内紀が紹介。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】平井美帆『ソ連兵へ差し出された娘たち』/戦後の闇に迫った開高健ノンフィ・・・
1945年8月のソ連参戦で崩壊した「満州国」で、日本への引揚船が出るまで現地にとどまった女性たちは、一方的に性暴力の被害を受けていた――歴史に埋もれてしまった事実を明らかにする衝撃作。
-
今日の一冊
娘殺しの冤罪被害者による手記『ママは殺人犯じゃない 冤罪・東住吉事件』
家族4人で暮らす平凡な主婦であった著者は、なぜ娘殺しの汚名を着せられ、冤罪被害者になってしまったのか? 無辜の民を極悪非道の犯罪者に仕立て上げる捜査機関と、司法の“犯罪”を明らかにする手記。
-
今日の一冊
詩人たちとの交流の記録『遅れ時計の詩人 編集工房ノア著者追悼記』
詩人たちの本を数多く手がけてきた大阪の文芸出版社、編集工房ノア。小出版社だからこそ、きめ細かく著者と接してきた創業者が、鬼籍に入った著者たちとの出会いを回想し、追悼します。
-
今日の一冊
金 誠『孫基禎――帝国日本の朝鮮人メダリスト』/日本と朝鮮半島の複雑な関係を、冷静な筆致で・・・
1936年のベルリンオリンピックで、マラソンの金・銅メダルを獲得した日本代表は、ともに朝鮮半島出身の朝鮮人でした。日本と朝鮮半島の複雑に絡み合った近現代の関係を明らかにする五輪史!
-
今日の一冊
中間真一『SINIC理論 過去半世紀を言い当て、来たる半世紀を予測するオムロンの未来学』/・・・
オムロンの創業者立石一真らが、未来のビジョンを描くために1970年に発表したSINIC理論は、いまから50年以上前に74年からの情報化社会を予測し、05年からは最適化社会に大転換することを見通していました。その理論に現代の要素を加えて再構築した本書を、経済アナリストの森永卓郎が解説します。
-
今日の一冊
太田順一著『遺された家─家族の記憶』が映し出す家族の温もり。
社会問題化しているとも言われる、全国で増え続ける空き家。そこには、懐かしい家族の記憶が。人物は写っていないのに、写真の向こうには家族の温もりが感じられます。鈴木洋史が解説。
-
今日の一冊
森鴎外の娘が綴るエッセイ『父と私 恋愛のようなもの』
「とにかくパッパ大好き」と書く、“父親っ子”だった森茉莉のエッセイ作品集。父親という異性から愛され、肯定されることは、娘にとってはその後の人生を生きていく“折れない杖”になるのです。
-
今日の一冊
『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』
-
今日の一冊
【著者インタビュー】泉 麻人『冗談音楽の怪人・三木鶏郎 ラジオとCMソングの戦後史』/日本・・・
戦後すぐに自作の曲をGHQ管轄下のNHKに持ち込み、一躍ラジオのスターとなった「トリロー」こと三木鶏郎。日本初のCMソングや「鉄人28号」などのアニメ主題歌も手掛けた日本のポップカルチャーの元祖、初の評伝を紹介します!
-
今日の一冊
『25年目の「ただいま」』
-
今日の一冊
【著者インタビュー】西村健『激震』/震災やサリン事件が起き、日本の築いた神話が崩壊した劇的・・・
1月に阪神・淡路大震災が起き、3月には地下鉄サリン事件が起こった激動の1995年は、戦後日本が築いてきた多くのものが砂上の楼閣だと露呈した一年でした。自分はそのとき、どこで何をしていただろうかと思わず自問したくなる一冊です。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】宮内悠介『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』/木下杢太郎、北原・・・
時は明治。木下杢太郎、北原白秋、吉井勇、山本鼎、石井柏亭、森田恒友等々、後に名を成す才能がズラリと西洋料理屋に集まり……。公衆の面前で“殺された”菊人形について推理する「菊人形遺聞」や、市谷・陸軍士官学校長の死の謎を解く「未来からの鳥」など、当時の時代風俗を反映する6つの事件を収録した連作ミステリー。