片岡義男はじめての珈琲エッセイ本『珈琲が呼ぶ』
あまり私語りをしてこなかった作家・片岡義男の、初の珈琲エッセイ本。出版社に在籍していたころの話など、著者のライフヒストリーも垣間見える一冊です。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
坪内祐三【評論家】
珈琲が呼ぶ
片岡義男 著
光文社
1800円+税
装丁/永利彩乃
近年「私語り」をし始めた著者が明かす出版社嘱託期
身内誉めに受け取られるかもしれないが、二〇一六年九月に出た佐久間文子『「文藝」戦後文学史』(河出書房新社)はとても内容のある出版文化史だった。
私もそのジャンルの専門家を自称しているから、それに関する本を(私家版も含めて)多く読破している。
そんな私であってもこの本で教えられたことが幾つもある。
その内の一つが、あの片岡義男(当時はテディ片岡)が短期間とは言え、河出書房に在籍していたという事実だ。
まったく知らなかった。
というのは、片岡氏はこれまで自分のライフヒストリーを語ることが殆どなかったからだ。
その片岡氏がここ数年、私語りをするようになった。
この書き下ろしの新刊『珈琲が呼ぶ』(片岡氏の初めての「珈琲エッセイ本」だという)に目を通していたら、河出書房時代のことが登場した。「一九六六年から六八年にかけて、二年ほどの期間、僕は河出書房の嘱託だった」。
彼を河出に導いてくれたのは『マンハント』や『ハードボイルド・ミステリー・マガジン』という雑誌の編集長をつとめたのち、「新しい雑誌を作りたい」という社長の意向で河出の社員(新雑誌企画室の責任者)になった中田雅久だった。
当時の河出には龍円正憲という編集者がいて、辰巳ヨシヒロの漫画を彼から教わった。龍円は、「これは面白いよ」と言って辰巳の作品の載っている雑誌『漫画Q』を片岡氏に手渡し、二人は人形町にあった同誌の編集部を尋ね、仕事をもらおうとしたが、編集長は、「どこへいってもすぐに仕事になる人たちとお見受けするから」と言ってやんわりと断わった。
編集者龍円の最大の功績は片岡義男のテナー・サックスの師匠である広瀬正のSF小説『マイナス・ゼロ』と、それに続く計四冊を河出から刊行したことだ。
ところで片岡氏の参加していた新雑誌は結局創刊されることがなかった。
(週刊ポスト 2018年3.16号より)

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