小泉純一郎元総理の回想録『決断のとき トモダチ作戦と涙の基金』
「原発ゼロ」を掲げ、いまも意気盛んな小泉氏に密着し、最近の様子から総理時代の思い出までをきき出したルポ。香山リカが解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
香山リカ【精神科医】
決断のとき トモダチ作戦と涙の基金
小泉純一郎 著
取材・構成 常井健一
集英社新書
800円+税
「原発ゼロ」を掲げるシンプルな発想と人間力の根源
「安倍一強」が続く日本の政治だが、それを揺さぶる動きが総理に近いところから起きている。小泉元総理らが「原発ゼロ法案」をぶち上げ、立憲民主党などもその動きに同調、超党派での今国会の法案提出を目指している。小泉氏は会見で「安倍政権で原発ゼロを進めるのはもう難しい」とはじめて安倍総理への反旗を翻した。
本書は、「原発ゼロ」を掲げていまも意気盛んな小泉氏に密着し、最近の様子から総理時代の思い出までをきき出した快作ルポである。冒頭の章からまさに破天荒。東日本大震災の際の“トモダチ作戦”で福島沖で救援活動などにあたった米兵たちがその後、健康被害を訴え、アメリカで裁判を起こしているのだが、その話を聴いてすぐにアメリカに飛んで当事者たちと面会した小泉氏は、現地で記者会見を開きそこで涙する。そして、「彼らに助けてもらったのに、知りませんなんて言えるかよ」と彼らへの基金を開設し、なんと3億円ものお金を集めるのだ。
もちろん、米兵の訴える健康被害と原発から出た放射性物質との因果関係については、まだ医学的に証明されたわけではない。それに関して小泉氏は、頑健な兵士が東北沖に行った後に病気になるのは放射能の影響以外に考えられないとして、こう強調する。「私は医者じゃないけど、常識人として言っているんだ」。
それに続く章では政治の世界での思い出話が続くが、とくに目を引くのは後半の第4章だ。そこではふだんほとんど語られない家族の話になり、小泉流子育て三原則が披露される。それは「・しっかり抱いて、・そっと下ろして、・歩かせる」というのだから、その簡潔さに思わず笑ってしまう。
私も脱原発の運動を通じて近年、小泉氏に会う機会が多いのだが、その私利私欲のなさ、シンプルな発想と決断力、そしてどんな場でも主役になってしまう人間力に舌を巻くことが多い。「コイズミとは誰だったのか」はまだ十分、解き明かされていない。そのひとつのヒントが本書に隠されている。
(週刊ポスト 2018年3.23/30号より)

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