泉鏡花作品の挿絵でおなじみ『小村雪岱随筆集』
大正から昭和初期にかけて挿絵の世界で活躍し、泉鏡花とのコンビで有名になった小村雪岱の随筆集を紹介します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
池内 紀【ドイツ文学者・エッセイスト】
小村雪岱随筆集
小村雪岱 著
真田幸治 編
幻戯書房
3500円+税
装丁/真田幸治
泉鏡花作品で知られる美人画はモデルなしの「心像」
小村雪岱(一八八七-一九四〇)は大正から昭和初期にかけて、挿絵の世界で活躍した。とりわけ泉鏡花とのコンビは有名で、小説は忘れても、挿絵は覚えている人が少なからずいたにちがいない。
かねがねフシギに思っていた。雪岱の生み出した、女たちの特徴である。細おもて、細い首、細い胴、胸をもたず、腰をもたず、腿をもたず、一本の棒木に着物を着せかけたようなのだ。それでいてこよなく美しく、十分に艶めかしく、男はきっと惑わされる。こんな女を画家はいったい、どうやって生み出したのか。
「私は挿絵を画きますのに、未だモデルを使つたことはありません」
もともとは東京美術学校(現・東京芸大)で下村観山や松岡映丘にきびしく鍛えられた日本画家である。挿絵においても独自の考えをもっていた。モデルを使わず、写生もしない。描きたいと思う女は自分の内部にある。記憶であって、「一口にいへば私の心象です」。
そして「私のモデル」と添え書きのある随筆によると、推古仏のなかに、「何ともいへないくらゐほれ〲とする」のがあるという。たしかに法隆寺夢殿などに伝わる仏像は細おもてで長身、優美につくられている。腰をひねって立つのもあって、一重の着物を着せかければ、雪岱美人になるだろう。
「この頃銀座通でみた或婦人の記憶画」と銘打って、横顔と、やや正面にちかい顔が掲げてある。昭和9年(一九三四)のもの。束髪のモダンガールとも見えるが、同時に雪岱自身が注解しているとおり「極めて古風な俤」もみてとれる。銀座の女と天平の女人とが意味深くかさなってくる。
雪岱は芝居の世界で舞台装置家として腕を振った人だった。目を瞠らせる挿画の切れ味は、人物の配置のあざやかさによることに気がつく。新聞の一葉の挿絵にも、あきらかに舞台装置家の目がはたらいていた。それにしても、別のフシギが湧いてくるのだが、ほぼ八〇年も前の書きものと挿画なのに、それがこんなにみずみずしいのはどうしてだろう?
(週刊ポスト 2018年4.6号より)

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