定年後、どう生きればいい?『定年入門 イキイキしなくちゃダメですか』
人気ノンフィクション作家が、定年した人々に取材して執筆。定年後は「きょういく」と「きょうよう」が大切と説きますが、その意味は……。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
関川夏央【作家】
定年入門 イキイキしなくちゃダメですか
高橋秀実著
ポプラ社
1500円+税
装丁/佐藤亜沙美 装画/谷端実
定年後に大切な「きょういく」と「きょうよう」とは
公共図書館では「定年後」の男性が列をなして開館を待っている。どっと入館、日経新聞を取り合うトラブルが結構ある。日経は高いから定年後の購読をやめた。それでも現役感を持っていたいから図書館で読む。
ファミレスにも開店待ちの集団がいる。ドリンクバー付きのモーニングを注文して、新聞・読書・パソコン、昼まで粘る。「時間をつぶす」のにみな懸命なのだ。
飲み屋街を歩いていて、「昼二時頃から飲めます」という案内に驚いたことがあるが、それどころではない。六駅先までの定期を買って午前中から飲みに通う高齢者がいる。「定期」と「通勤」がポイントなのだ。
「定年後」は「きょういく」と「きょうよう」が大切、とコンサルタントはいう。「今日行くところがある」と「今日用がある」という意味で、おもしろくもない語呂合わせだが、なるほどと思わないでもない。
とにかく「出かける用事があること」、すなわち「家にいないことができること」が条件なのは、自分のためというより奥さんのためだ。定年後の夫による「リビング(ルーム)ジャック」、夫の家事の「手伝い過ぎ」が奥さんには負担なのだ。女性の更年期障害といわれていたもののかなりの部分が、夫の「存在ストレス」であるようだ。一人では寂しすぎる、二人では鬱陶しすぎる。そのきわどい峰を、高齢者夫婦は慎重に伝い歩くのである。
外出先では「存在感のないこと」も大切らしい。ことに「ラジオ体操」のようなユルい集まりでは、「そういえば最近見ないな、と思っていたら死んでた、くらいがちょうどよい」。むやみにイキイキしてはいけないのである。
これだけおもしろくてツラい話を引き出せるのは、「この人には親切に教えてやらなくては」と思わせる著者・高橋秀実の人柄の手柄だろう。無趣味な彼だが、妻ともうまくいっているようだし「定年後」も(書き手にはないけど)問題はなさそうだ。
(週刊ポスト 2018年4.13号より)

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