近代日本画の全体像がわかる!『日本画とは何だったのか 近代日本画史論』
江戸以来の伝統をもった保守的な作品群から、西洋の感化を受け新しさをめざした作品まで。日本画の近代をおいかけた、圧巻の通史です。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
井上章一【国際日本文化研究センター教授】
日本画とは何だったのか 近代日本画史論
古田 亮 著
角川選書
2400円+税
装丁/片岡忠彦
「日本古来の絵が西洋の感化を受けた」という位置づけ
本の副題には、「近代日本画史論」とある。いわゆる「日本画」の通史、その近代をおいかけた読み物である。しかし、各時代の先頭をはしった作品群がならべられているわけではない。そういう、ありがちな常套とは、一線を画している。
この本では、江戸以来の伝統をたもった保守的な作品群も、紹介されている。大和絵、琳派、円山派、そして谷文晁の後裔などは、明治以後どうなったのか。そことの対比で、新しさをめざした絵は位置づけられている。図と地の、図だけを論じてはいない。地のなかにうかぶ図の様相を、とらえようとする。保守派までふくんだ近代日本画の、その全体像をえがいた本である。
日本画を、西洋画との遭遇によるクレオールと位置づけたところが、おもしろい。アフリカの民族音楽と西洋音楽がアメリカでであい、ジャズが成立する。それと同じように、日本古来の絵は西洋の感化をうけ、近代の日本画となった。ただ、ハイブリッドのありかたには、さまざまなヴァリエーションがある。その多様性が、この本を読めば、よくわかる。
日本の絵師たちは、蘭学をとおして、江戸時代から西洋絵画を意識していた。クレオール化は、けっこう早い段階ではじまっている。近代以後の保守的とみなされる作品群にも、大なり小なりその感化はあった。しかし、尖鋭的な方向をめざした表現とのあいだには、溝もある。その偏差が、よくわかる。また、国家総動員の一九四〇年代にようやく解消されたという指摘も、なるほどと思う。
二〇世紀のモダンアートは、日本絵画の評価をも左右した。一九一〇年代に俵屋宗達が見なおされる。古風な南画が、新しい見方とともに浮上する。それも、西洋における現代美術の動向と、ふかくつうじあっていたらしい。美術史におけるカノン形成も、クレオール的であったということか。
悲母観音(狩野芳崖画)の模写説をくつがえしたりする通説批判の数々も、勉強になった。
(週刊ポスト 2018年4.13号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
渡辺淳一の人間味あふれる評伝/重金敦之『淳ちゃん先生のこと』
『失楽園』などで知られるベストセラー作家・渡辺淳一も、初めから順調だったわけではありません。若き日の作家を支えたのは、筆者をはじめとする出版社の編集者たちでした。
-
今日の一冊
月村了衛著『水戸黄門 天下の副編集長』は痛快時代娯楽小説!著者にインタビュー!
あの手この手で楽しませようとする構造で描いた、原稿集めの珍道中。爆笑必至、痛快時代エンターテインメント作品が登場!著者・月村了衛に、創作の背景をインタビューします。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】久世番子『よちよち文藝部 世界文學篇』/登場人物のカタカナ名前が覚えら・・・
漫画家の久世番子部長と、その担当編集者が世界の文学について語り合う一冊。世界文学をまったく読んでいなかったという部長が、海抜ゼロメートル地帯から最高峰の世界文学に挑みます!
-
今日の一冊
葉真中 顕『灼熱』/終戦後ブラジルで起こった「勝ち負け抗争」の真実に迫るフィクション
第二次世界大戦が終戦したとき、ブラジルに移民した日本人たちの間で起こった「勝ち負け抗争」。日本が勝利したというデマを信じる派と、日本の敗戦を認める派が衝突し、多数の死傷者を出したこの抗争が、親友同士のふたりを引き裂く。フィクションながら歴史の真実に迫る巨編!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】町屋良平『1R1分34秒』/ボクサーの心身の揺れを描き、第160回芥川・・・
初戦こそKO勝ちしたものの、以降は負けが込んでいる新人プロボクサーの〈ぼく〉。敗戦の記憶を抱えて焦燥の日々を送るが、変わり者のトレーナー〈ウメキチ〉との出会いが〈ぼく〉の心身に変化をもたらして……。第160回芥川賞を受賞した、著者渾身の一作!
-
今日の一冊
『日本経済復活の条件 金融大動乱時代を勝ち抜く極意』
-
今日の一冊
子どもたちを熱狂させたTV放送枠『タケダアワーの時代』
『月光仮面』や『ウルトラQ』など、1958年から17年にわたって子どもたちを熱狂させたテレビ番組の放送枠・通称「タケダアワー」。大人たちが熱意を込めて子ども番組を作った時代の、人間ドラマが浮かび上がる一冊を紹介!
-
今日の一冊
原田隆之『痴漢外来――性犯罪と闘う科学』/性的依存症はどれほどキツいものなのか
「脳があたかも、セックスに乗っ取られてでもいたかのよう」になるという、性的依存症。満員電車での痴漢や盗撮など、巷にあふれる性犯罪を減らすためには、刑罰に加えてこの依存症の「治療」が必要だといいます。
-
今日の一冊
流 智美『東京12チャンネル時代の国際プロレス』/熱狂的なファンを生み出したプロレスは、な・・・
日本でプロレスの人気が一番高かったのは、1969年(昭和44年)。しかし黄金時代を経て、国際プロレスの放映権はTBSから東京12チャンネルへと移り変わり……。リング内外の実情を明らかにする一冊!
-
今日の一冊
読書の意義を見つめ直す『蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』
妻の骨折事故が発端となり、三万冊もの蔵書を泣く泣く手放すことになった著者。その「蔵書ロス」を補うため、日本の読書文化に改めて向き合います。
-
今日の一冊
上野 誠『万葉学者、墓をしまい母を送る』/だれもがいつか直面する「親の看取り」と「家の墓」・・・
今年60歳になる万葉学者が、「親を看取る」「家の墓をどうするか」という、誰もが身につまされる主題でえがいた家族の歴史。作家・関川夏央が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】朝比奈あすか『ななみの海』/それぞれの境遇を生き延びて、児童養護施設に・・・
過熱する中学受験のリアルを描いた前作『翼の翼』が話題を呼んだ著者の最新作『ななみの海』についてインタビュー!
-
今日の一冊
小谷野 敦『歌舞伎に女優がいた時代』/これまでの歌舞伎観を一新する、通好みの読み物
歌舞伎の舞台に上がるのは男性だけ、というしきたりがありますが、それは昭和に入ってからの話。かつては女性も舞台に立っており、その育成をあとおししようという動きさえあったのです。
-
今日の一冊
佐藤卓己『流言のメディア史』/フェイクニュースはなぜ生まれ、人々に受け入れられるのか?
今日のデジタル社会では、SNSで流言(フェイクニュース)が大量に流れ、おそろしいほどの速度で拡散されています。あいまいな情報が氾濫するいまこそ読みたい、メディア・リテラシーを上げる新書。
-
今日の一冊
辻村深月『かがみの孤城』は感涙必至の傑作長編!
居場所をなくした子供たちが集められた理由とは?なぜこの7人がこの場所に?それが明らかになる時、感動の波が押し寄せます。著者最高傑作ともいえる、感動作。その創作の背景をインタビューします。
-
今日の一冊
柚木麻子の人気シリーズ最新作『幹事のアッコちゃん』
読むと元気が出る「アッコちゃん」シリーズ最新作について、著者・柚木麻子にインタビュー!ストレートに叱咤激励してくれるアッコちゃん節誕生の裏話・気になるプライベートな質問にもお答えいただいています。
-
今日の一冊
牧久著『昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実』には重大証言と新資料が満載!
昭和の後半、国民の一大関心事であった「国鉄再建」。その事実を、重大な証言や新資料でつぶさに検証する一冊。創作の背景を著者にインタビュー。
-
今日の一冊
一家に一冊!『日英対訳 英語で発信! JAPANガイドブック』
説明が難しい日本の芸術や経済などを、わかりやすい英語と日本語で教えてくれる一冊。訪日外国人が増え、国際交流の機会が多くなった今こそ、ぜひ持っておきたいJAPANガイドブックです。
-
今日の一冊
秋山武雄『東京懐かし写真帖』/子どもの頃を思い出す、古き良き下町風景
浅草橋の老舗洋食屋の店主が、約70年にわたって撮り続けた下町の風景写真集。ページをめくれば、子どもの頃によく目にした懐かしい情景が蘇ります。
-
今日の一冊
【2020年の潮流を予感させる本(3)】磯田憲一『遥かなる希望の島「試される大地」へのラブ・・・
新時代を捉える【2020年の潮流を予感させる本】、第3作目は、元北海道副知事が町を元気にする前向きな知恵と工夫を綴ったエッセイ集。評論家の川本三郎が解説します。