輝けるドラマの時代を考察する『90年代テレビドラマ講義』
野沢尚、野島伸司などの脚本家が脚光を浴び、テレビドラマが輝いていた九〇年代。当時のシナリオ検討から、どのように時代が反映されていたかまで、著者が詳しく考察しています。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
川本三郎【評論家】
90年代テレビドラマ講義
藤井淑禎 著
平凡社新書
800円+税
近代文学研究者による印象批判に終わらない「考察」集
九〇年代のテレビドラマは現在よりはるかに輝いていたと著者は言う。「その気になるまで」「君と出逢ってから」「親愛なる者へ」「高校教師」などいまも記憶に残るドラマが次々に作られた。
テレビはかつて脚本家が脚光を浴びた。まず市川森一、倉本聰、向田邦子、山田太一の「四天王」の時代があった。ドラマは脚本家が重要とされた。
九〇年代にその流れを受け継いだ脚本家が「親愛なる者へ」の野沢尚と「高校教師」の野島伸司。野沢と野島でNN時代と言う。
著者は元立教大学教授で夏目漱石など近代文学研究者。それが意外やテレビドラマ好きで、大学では「ドラマ学」という講義をしていたという。
映画や演劇に比べるとテレビドラマ評は少ない。あまりに多くの人が見るために逆に軽視される。
そこで著者はテレビドラマにきちんと向き合うことを心にきめる。印象批判に終わらず、シナリオの検討から始め、それをどうドラマ化したか、さらに時代が反映されているかどうかが考察されてゆく。
たとえば野沢尚の「親愛なる者へ」(92年)は互いに不倫した夫婦がどう離婚の危機を乗り越えてゆくかというテーマが斬新だった。
野島伸司の「高校教師」も、父と娘の近親相姦や、教師と女子高校生との恋愛など当時は禁断のテーマをドラマに織込んだ。
著者が評価するのは、それまでのテレビドラマの枠組みを打ち破るような大胆な作品。九〇年代にはそうした意欲作が多かった。
著者は本当にテレビドラマが好きで、それは小松江里子脚本の「若葉のころ」(96年)のキー・イメージとなった一本の木のロケ現場を求めて横浜市内の公園にまで出かける熱意にあらわれている。
九〇年代のテレビドラマは輝いていた。それがいまはどうだ。どのドラマも男女がくっついた離れたばかり。登場人物も都会の人間中心で間口が狭い。
九〇年代の輝ける時代を知っているだけに著者のテレビの現状への批判は強くそれが小気味いい。
(週刊ポスト 2018年6.8号より)

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