『世界の果てのこどもたち』
【今日を楽しむSEVEN’S LIBRARY】
ノンフィクション作家
黒川祥子
ブックコンシェルジュが
選ぶこの一冊
『世界の果てのこどもたち』
中脇初枝
講談社
1728円
映画化もされたベストセラー『きみはいい子』や、『こりゃまてまて』などの絵本でも知られる小説家で児童文学作家の中脇初枝さんが、「あの戦争」と真正面から立ち向かって描いた話題作。執筆にあたっては、中国や韓国にも足を運び、50人を超える人たちに話を聞いたという。
たくさんの「死」を無駄にしないためには、
その「生」を「覚えておく」こと──
作者の眼差しのあたたかさに
涙が止まらない
戦時下の満州。主人公は満蒙開拓団の村で出会った、国民小学校1年生の3人の少女。
高知の貧しい村から、日本人が支配する朝鮮半島から、横浜の恵まれた暮らしからやってきた少女が、雨で閉じ込められたお寺で一夜を過ごす。1人の少女が昼にたまたま残しておいた1つのおにぎりを、3人で分け合って‥‥。
戦後、運命は3人を引き離す。戦災孤児、在日朝鮮人、中国残留孤児として生きることを余儀なくされた、3人の少女それぞれの「その後」が、戦後の苦難を体現する。
作者が見つめているのは、「あの戦争は、何だったのか」ということだ。3つの国を平等に見つめたいという作者の思いが誕生させた、3人の主人公。いくつも の「死」に作者は正面から向き合う。その眼差しのあたたかさに導かれて、いつのまにか、それぞれの主人公と同じ時間を読者は生きる。一筋の光明のように甦 るのは、3人で分け合ったおにぎり。その「記憶」に支えられ、苦しくつらい日々を生き抜いていく。
戦災孤児の少女がやっと手にしたキャラメルを、中年女性が指を1本1本こじ開けながら奪い取るシーンが描かれる。少女は気づくのだ。「それは、私でもあっ た」と。自分も同じ愚かな人間、忘れてしまったら同じことを繰り返すと。それは、戦争という愚かな記憶を忘れてしまってはならないということだ。愚かさの 犠牲となったたくさんの「死」を無駄にしないためには、その「生」を「覚えておく」ことだ。それが作者の心からの思いだ。
涙が止まらない一冊。そこに大事なものが宿っていると確信する。
(女性セブン2016年2・11号より)

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