台湾の現代作家による愉快な物語『冬将軍が来た夏』
死さえも笑い飛ばす、生命力にあふれたおばさんたちの大冒険! レイプややくざとの戦いなど、次々と起こる事件もなんのその。ありきたりな女性問題や老人問題には収まらない、奇想天外で愉快な台湾の小説を紹介します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
川本三郎【評論家】
冬将軍が来た夏
白水紀子 訳
白水社
2400円+税
装丁/天野昌樹
死など笑い飛ばす生命力がある「おばさんたち」の冒険譚
16年に出版された長編小説『鬼殺し』の奔放自在な想像力で読者を驚嘆させた台湾の現代作家、甘耀明が、またまた奇想天外で愉快な物語で驚かせてくれる。
平たく言えば、おばさんたちの大冒険。「私がレイプされる三日前、死んだ祖母が私のところに戻ってきた」。意表を突く一文から冒険物語は始まる。
「私」は幼稚園の先生。ある時食事会で酒を飲んで酔払ったところを園長の馬鹿息子にレイプされる。死んだと思っていた祖母がその様子を見ていた。
祖母は傷ついた孫娘を自分の仲間たちのところに連れてゆく。祖母は五人のおばさんと共同生活をしている。おばさんたちはそれぞれにつらい過去を持ち、互いに助け合って生きている。
と書くと深刻な社会派小説と思われるが、そうではない。甘耀明は『鬼殺し』がそうだったように社会や政治を語る言葉ではなく、寓話や民話、さらには痛快なホラ話の言葉で物語を進めてゆく。
祖母は末期の肺癌にかかりながら元気一杯。共同体のリーダーとなって町の清掃に取り組み、独居老人の
祖母はまた、身体を小さく折り畳む術を心得ていてトランクのなかに隠れることが出来る。
他のおばさんたちも一風変ったところがある。「黄金おばさん」は、うつ病をなおすため毎日、小さな金の玉を飲み込む。翌日、便のなかから取り戻し、また―。
一事が万事、この調子で、「私」のレイプ裁判や、老人の死、やくざとの戦いなど次々に事件が起きるが、それがありきたりの女性問題や老人問題に収斂することなく、より広い笑いの世界へと突き抜けてゆく。死など、祖母もおばさんたちも、さらには老人ホームに入っている曾祖母も、笑い飛ばしてしまう生命力がある。
『鬼殺し』に続いて白水紀子の訳文もみごと。楽しんで訳している躍動感が伝わってくる。
(週刊ポスト 2018年7.20/27号より)

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