『震災復興の政治経済学 津波被災と原発危機の分離と交錯』
与那原 恵【ノンフィクションライター】
多様なデータと資料を駆使して復興政策を問い直す
震災復興の政治経済学
津波被災と原発危機の分離と交錯
齊藤 誠 著 日本評論社
2200円+税
装丁/駒井佑二
東日本大震災からやがて五年を迎える。現在も避難生活を送るのは十八万二〇〇〇人以上に及び、福島県においては「被災関連」死者数が津波や震災直後の影響による「直接死」を上回っている。
これまで巨額の復興資金が投じられてきたが、被災地の復興、被災者の生活再建に具体的に役立っているのか、疑問の声も多い。
本書はマクロ経済学者が、東日本大震災の復興政策、原発危機対応の意思決定プロセスを多様なデータ、資料を駆使して、今一度問い直していく。発災直後、どのような事実から目を背けていたのか、どのような先入観が状況を正しく把握することを妨げたのか、真摯に反省することこそが将来への教訓になるからだ。著者により明らかになる事実の数々は衝撃的だ。
復興政策は発災後たった数か月間であまりに多くの大切なことが拙速に決められた。まず「東日本大震災」というネーミングが、被害が広範囲に及んでいるという印象を決定づけた。のちには複雑な政治情勢ともからみ、「東北の復興なくして日本の再生なし」という政治的スローガンが予算規模を肥大化させる方向に動いた。いつしか復興政策は政府の成長戦略としての側面が強くなっていったのだ。著者は発災直後からのデータをもとに被害地域の実態を詳細に示して再検証し、政府の被害額推定は過剰であったと結論づける。
また本書では、福島第一原発事故とその費用負担計画策定の経緯を分析していく。政府事故調の報告書などから読み解いていくと、津波到来直後の事態を「想定外」と突き放し、手順書の原理原則からも逸脱したためにちぐはぐな対応が重なり、結果として原発事故被害が質的・量的にも広がった。そのうえ原発事故による損害賠償負担は、実際には納税者が八割以上という事実にも驚くばかりだ。
〈私たちの社会は、私的な利益や政治的な権益に抗しながら客観的で合理的な意思決定を重んじる精神、すなわち公的な精神を取り戻す必要に迫られている〉という著者の提言を重く受け止める。
(週刊ポスト2016年2・12号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
【激動の2022年を振り返る「この1冊」】読売新聞大阪本社社会部『情報パンデミック あなた・・・
SNSを通じ氾濫する情報のなかで瞬時に正誤を判断せず、「曖昧さに耐える力」が重要であると説く一冊。ノンフィクションライターの与那原 恵が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】長浦京『プリンシパル』/終戦直後の日本を「反社」の視点で活写する怒涛の・・・
日本が終戦を迎えた昭和20年、関東を牛耳る水嶽組の4代目が死去した。暴力と非道を常とする父を憎み、夜逃げ同然に家を出て教師として働いていた娘・綾女がその「代行」に就任するが……。政治や外交にも深く関与した時代の徒花の姿を描き、読者の心を抉る巨編!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】遠田潤子『紅蓮の雪』/大衆演劇の劇団と双子の、悲しき因縁の物語
双子の姉の唐突な自殺の謎を追うため、姉が死の1週間前に観たらしい大衆演劇の半券を手掛かりに、弟の〈伊吹〉は〈鉢木座〉を訪ねるが……。双子の血脈に刻まれた因縁、出生の秘密とは? 注目の実力派作家が描く問題作!
-
今日の一冊
東山彰良著・直木賞受賞第一作『罪の終わり』が描く、神と呼ばれた男の人生。著者にインタビュー・・・
崩壊した世界。すべてが壊れた場所で、価値観をめぐる闘争が始まる。『流』から一年、さらなる注目を集める作家・東山彰良が描く、神と呼ばれた男の人生。その創作の背景を、著者にインタビューしました。
-
今日の一冊
ほろり、泣いたぜ『くわえ煙草とカレーライス』
昭和の喫茶店を舞台に繰り広げられる、大人の男女の日常――7つの物語を収録した、片岡義男の短編集。作家・関川夏央が解説します。
-
今日の一冊
佐高 信『竹中平蔵への退場勧告』/舌鋒鋭く痛快に、権力者に取り入る稀有な才を持った男の正体・・・
菅政権のブレーンとして復権し、いま存在感が高まっている竹中平蔵氏。しかし、その政策によって竹中氏とそのお仲間が潤い、多くの国民にツケが回っていると本書は指摘します。
-
今日の一冊
藤村俊夫『EVシフトの危険な未来 間違いだらけの脱炭素政策』/本当に「環境に優しい次世代車・・・
欧州の各国政府が電気自動車(EV)化を推し進めるなか、日本の自動車メーカーはEV化の波に乗り遅れてしまったと報じられることもありますが、果たしてそれは真実なのでしょうか? 長年、トヨタの技術者としてエンジンの設計開発に携わってきた著者が、間違いだらけの脱炭素政策を検証する一冊!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】横田増生『ユニクロ潜入一年』
合法的に改名までして、ユニクロにアルバイトとして潜入した著者。時間をかけて、超トップダウン体制に疲弊する現場を克明に描く、ルポルタージュの傑作!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】能登崇『ない本、あります。』/架空の小説を集めた奇妙で不思議な超短編集・・・
表紙も、タイトルも、著者も、出版社も、何もかもが架空! 著者がツイッターに開設したアカウント「ない本」から生まれた、この「?」づくしの短編集は、私たちの想像を超える驚異の完成度です!
-
今日の一冊
解剖学的な美術史『ヌードがわかれば美術がわかる』
ヌードの視点から、今までとはちがう読み解き方で美術史を語る! 美術をまなび、医学の世界で解剖学も研究してきた著者の眼力が、いかんなく発揮された一冊。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】町屋良平『1R1分34秒』/ボクサーの心身の揺れを描き、第160回芥川・・・
初戦こそKO勝ちしたものの、以降は負けが込んでいる新人プロボクサーの〈ぼく〉。敗戦の記憶を抱えて焦燥の日々を送るが、変わり者のトレーナー〈ウメキチ〉との出会いが〈ぼく〉の心身に変化をもたらして……。第160回芥川賞を受賞した、著者渾身の一作!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】宮田珠己『無脊椎水族館』
日々の疲れがたまったとき、人生の路頭に迷ったとき……水族館へ行こう。日本各地の水族館と、不思議な形・動き・生態の生き物を紹介する、話題の脱力エッセイ集!
-
今日の一冊
瀬戸正人『深瀬昌久伝』/カメラを通して「自分とは何か」を極限まで問い続けた写真家
一九六〇年代から七〇年代に強烈な存在感を放った孤高の写真家・深瀬昌久氏の伝記。ノンフィクションライターの与那原 恵が解説します。
-
今日の一冊
田村セツコ『白髪の国のアリス 田村セツコ式 紙とえんぴつ健康法』/「少女ブック」や「りぼん・・・
1960年代の少女雑誌の表紙などでおなじみのイラストレーター・田村セツコこと「セッちゃん」は、白髪を染めずにナチュラルにカールして、シンデレラ姫のように原宿通りを歩く80代。年をとってもハッピーに毎日を過ごす秘訣がつまった一冊を紹介します!
-
今日の一冊
金井美恵子『カストロの尻』幻想的イメージと饒舌な文体で描く愛の世界
野蛮な官能と恍惚が渾然一体となった「愛の世界」。甘美な11の物語。作家の嵐山光三郎が解説します。
-
今日の一冊
世界的戦略家が日本へ提言!『日本4.0 国家戦略の新しいリアル』
この四百年間、日本人はつねに「完全な戦略システム」を作り上げてきた――。世界的な戦略家であるルトワックが、次に対処すべき、新たな局面に入った日本へ提言!
-
今日の一冊
貴重な写真と解説でまとめた年代記『築地市場 クロニクル完全版 1603-2018』
豊洲への移転のため、2018年10月6日をもって営業を終了した築地市場。その巨大市場の貴重な写真が満載の、完全版年代記を紹介します。
-
今日の一冊
谷田博幸『国家はいかに「楠木正成」を作ったのか 非常時日本の楠公崇拝』/戦時下メディアミッ・・・
昭和十年の「大楠公六百年記念祭」のタイミングで、菊池寛、直木三十五、大佛次郎、武者小路実篤ら人気作家たちが続々と「太平記」「楠公」をモチーフにした作品を上梓。さらに雑誌の特集や新聞記事なども連動し、国家をあげて集中的に「楠木正成」のメディアミックスが展開された、その背景は……。
-
今日の一冊
『ムーンナイト・ダイバー』
-
今日の一冊
【著者インタビュー】山極寿一『ゴリラからの警告 「人間社会、ここがおかしい」』
動物としての人間の視点に立ち返り、文明を論じるユニークな一冊。第26代京都大学総長であり、霊長類学者でもある著者にインタビューしました!