哲学者・鶴見俊輔の妹が綴る『看取りの人生 後藤新平の「自治三訣」を生きて』
政治家であり、作家でもあった鶴見祐輔を父に、そして著名な哲学者であった鶴見俊輔を兄にもつ著者が、素直な名文で「鶴見家」のさまざまなエピソードを綴った一冊を紹介。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
坪内祐三【評論家】
看取りの人生 後藤新平の「自治三訣」を生きて
内山章子 著
藤原書店
1800円+税
兄・俊輔、姉・和子を凌ぐ素直な名文で綴る「鶴見家」
二〇一五年七月に九十三歳で亡くなった哲学者の鶴見俊輔に私は何度もお目にかかったことがあるが、鶴見さんの口から、姉和子さんを除いて、他の弟妹のことを耳にしたことはなかった。
だから今回、妹である内山
まず文章が素直で素晴しい。ある意味俊輔氏や和子氏の文章より名文かもしれない(俊輔氏や和子氏の場合二人が修得した学問が文章の上で邪魔になっている時がある)。
彼らの父鶴見祐輔は『母』や『英雄待望論』などのベストセラー作家でありながら、昭和十五年一月、米内内閣の内務政務次官に就任するが、半年で米内内閣が総辞職。同じ年の十月に大政翼賛会が成立し、その推薦候補として昭和十七年五月、翼賛選挙により衆議院議員となり、そのまま終戦を迎え、昭和二十一年一月、公職追放となる。
米国との戦争に反対しながら、戦争を進めた政府の一員となり、それを息子の俊輔は「転向」と見なしたわけであるが、本書を読めば祐輔が「転向」していなかったことが良くわかる(そもそも大政翼賛会の問題は単純には判断出来ない)。
アメリカに留学していた和子と俊輔は昭和十七年八月、日米交換船で帰国ののち独立していたが、まだ学生だった弟と妹は、父の少ない稼ぎの中から学費や生活費を出してもらっていた。つまり鶴見祐輔は苦しい生活を送っていた。その苦しみの中で彼は娘に、「お父さんの後ろ姿を見て、これからの人生の生き方を学んでほしい」と言った。
鶴見俊輔の没後に公刊された『「思想の科学」私史』で鶴見氏が戦時中、「家に帰ったって、休まらないんだよ」、「心を許して話をできるのが姉だけなんだ。弟や妹は、戦時の教育を受けているから」、「うちのなかから密告される可能性があるんだから」と語っているのを知り著者は衝撃を受ける(しかし鶴見氏のことを恨んではいない)。
実は鶴見俊輔はアメリカ人に「転向」していたのではないか。
(週刊ポスト 2018年9.14号より)

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