天皇のリアルを垣間見る『宮中取材余話 皇室の風』
昭和末に朝日新聞の皇室担当になって以来、三十年余りも皇室を見つめ続けてきたジャーナリストの雑誌連載を書籍化。本書に詰まった濃厚な情報に、天皇のリアルな姿が垣間見えます。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
平山周吉【雑文家】
宮中取材余話 皇室の風
岩井克己 著
講談社
3000円+税
装丁/椋本完二郎 装画/大場玲子
「逆鱗」「失敗」――地雷のように埋め込まれたリアルな姿
現在、考えられる限り最良の皇室と天皇制の案内役が『皇室の風』の著者・岩井克己ではないだろうか。昭和末に朝日新聞の皇室担当となってからの三十年余り、時には諫言も辞さず、是々非々の立場でウオッチを続けてきたジャーナリストの「宮中取材余話」と呼ぶには余りに濃厚な情報が詰まっているのが本書である。
直接取材の機会がほとんどない不自由な空間で、時間をかけて側近や関係者との信頼関係を築き、記事には書けなかった秘話を著者は膨大に蓄えている。その一端が次々と披露され、驚きの連続だ。
温和な笑顔しか知られていない現天皇の「逆鱗」に、蒼白となっている側近たち、御成婚からわずか半年後に、「この結婚は失敗だった」と絞り出すように語った侍従長の一言などが、本書のあちこちに地雷のように埋め込まれている。読むほうはそのたびごとに、皇室のリアルな姿を垣間見ることになる。
そうした非常事態だけではなく、日常の細部も見事に切り取られている。昭和天皇の「ネエー」「ソーカイ」「ナンダイ」「ダッテー」といった口吻から御機嫌を察していた「
皇室尊崇派で人情家の宮内庁長官から、「なぜ昭和天皇は敗戦の責任を負って退位されなかったのだろうか」と問われ、真剣に語り合った思い出も書かれている。二人の会話がけっしておざなりなものではなかったであろうことは本書を読んでいると想像できる。
宮内庁の報道規制や、NHKによる単独取材への疑問も率直に記されている。「常に甘い綿菓子のような報道しかしないメディアを誰が信用するだろうか」。硬派な著者の覚悟の言葉である。
(週刊ポスト 2018年10.5号より)

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