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【著者インタビュー】滝沢志郎『明治銀座異変』

2017年に松本清張賞を受賞した、歴史ミステリー界の新星・滝沢志郎氏にインタビュー! 江戸の人情を残しつつ、欧化政策への期待と反発が入り混じる明治の時代を描いた新作について訊きました。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

敏腕新聞記者と幼い相棒が銀座煉瓦街で起きた狙撃事件を追う!維新後の空気が横溢するミステリー

『明治銀座異変』
明治銀座異変 書影
文藝春秋
1700円+税
装丁/関口聖司 装画/加藤美紀

滝沢志郎
著者_滝沢志郎1
●たきざわ・しろう 1977年島根県生まれ。東洋大学文学部史学科卒。「主に15年戦争や琉球のことを調べていて、片桐は当時の学徒兵のイメージが元になってます」。会社員時代からテクニカルライターとして、各種マニュアル制作に従事。17年『明治乙女物語』で第24回松本清張賞を受賞し、本書は第2作。「次作は中華街界隈を舞台に『明治横濱物語』を書き下ろす予定。今後は琉球のことも書きたいし、素材は明治に限りません」。170㌢、60㌔、A型。

明治という時代の影の部分を見ないなら歴史を振り返る意味なんてないと思う

あの空気を読む、、、、、ではない。これは、元号一つでは変わりようもない江戸の人情や、欧化政策への期待と反発が複雑に入り混じる、明治の空気を読む、、、、、、、、小説でもあった。
滝沢志郎著『明治銀座異変』は、銀座煉瓦街にある〈開化日報社〉を舞台に、散切り頭の辣腕記者〈片桐〉や見習探訪員〈直太郎〉が遭遇した銃撃事件の顛末を追う。なぜか男の子の格好をした直太郎こと加藤直は、秩父出身の13歳女子。ある時、鉄道馬車の馭者ぎょしゃが狙撃され、現場に居合わせた彼女、、は、客を乗せて暴走する馬車を顔見知りの俥夫しゃふ〈久蔵〉の人力車で追走してピンチを救い、一躍時の人に。
が、救世主は他にもいた。勇敢にもデッキに飛び移り、瀕死の馭者に蘇生術を施した美貌の乗客〈山本咲子〉こと、あの山川捨松すてまつだった。

昨年『明治乙女物語』で清張賞を受賞した著者自身、大学では近現代史を専攻。実は本作で描く明治16年は、前作の舞台の5年前にあたり、久蔵や捨松ら、登場人物が重複するのも楽しい。
「元々僕は内田康夫さんと田中芳樹さんに憧れて物を書き始めた人間で、事実と事実の隙間に虚構を潜ませ、キャラ立ちにこだわるのも、たぶん両先生の影響です。
前作では政府主催の舞踏会に人が集まらず、高等師範の女生徒が動員された実話を元に鹿鳴館時代の終わりを書きました。なので次は始まりを書こうと。鹿鳴館といえば津田梅子らと渡米し、帰国後は鹿鳴館の華と呼ばれた山川捨松の出番。会津出身の彼女が薩摩出身の大山巌と鹿鳴館で披露宴をあげる場面をラストにすることだけは決めていたんです。
ただ、捨松とこの事件がどう繋がるかは自分でも不明でした。江戸東京博物館の模型を見て、古い長屋と煉瓦建築が和洋折衷で隣り合い、まさに境界、、を思わせる当時の銀座に、僕はとにかく馬車を暴走させたかった!(笑い) そこで描き始めると、乗客の中に結婚前夜の捨松がいて、『ローマの休日』さながらに大活躍してくれたんです」
会津の家老の娘に生まれ、戊辰戦争後は不毛の地、下北斗南となみ藩へ。紆余曲折を経て官費留学の機会を得た捨松は幼名を咲子といい、陸軍卿との婚約が話題になるさなか、事件と遭遇。特に直太郎は聡明な捨松を慕い、入院中の馭者〈八木実松じつまつ〈青い眼の子〉を探していると聞いて、片桐と鋭意人探しに駆け回るのだった。
実は序章にはその前日譚がある。開港直後の横浜で三人組の侍が子供にまげを揶揄からかわれ、父親の英国人を斬殺した、〈ロバート・ブラウン殺害事件〉である。犯人は〈浅賀〉〈修次郎〉〈痩せた男〉の3人。浅賀を突き飛ばした父親を修次郎が斬り、痩せた男が介錯かいしゃくに及んだ。自分を睨みつける子供に〈違う〉〈武士の情けだ〉と弁解しつつも、〈攘夷なり!〉と叫ぶと罪悪感が消えた気がしてくる様が怖い。現にこの頃は同様の殺傷事件が相次ぎ、折しも横浜では翌日、豚屋火事と呼ばれる大火が発生。事件は迷宮入りとなっていた。
その17年後。実松は結局何も語らないまま死亡し、片桐たちが背後関係を探る間にも、第2の事件が起きようとしていたのである。

敗者や弱者を見落とせない

松方デフレのあおりで実家の養蚕業が傾き、幼くして働きに出た直太郎や、元侍と思しき片桐や社主兼主筆の〈小柳雀村じゃくそんも、過去は今と地続きにあり、そんな誰もが抱える仄暗い傷こそが、この一見明るい銀座騒動記の影の主役だ。
「今年は明治150年ということで喧伝されるキラキラした明治も面白いけれど、その影の部分も見ないなら、歴史を振り返る意味なんてないと思うんです。
それこそ明治16年は『秩父事件』の前年で、困窮した農民や士族の不満が顕在化しつつあった当時の空気や、時代に理不尽を強いられた敗者や弱者の存在を、歴史ミステリーを名乗る以上、見落とすわけにはいかなくて」
戊辰戦争では幕府方につき、会津、函館と敗走する間も、英国人を斬った三人組は罪と向き合ってきた。そして誰もが過去に苛まれながら生きる中、それを忘れるのではなく、赦す、、象徴が、敵将との結婚に踏み出した捨松だろう。
「言われてみればそうですね。もっとも僕自身は7割書いてようやく真犯人がわかったくらい無意識・無計画な書き手で、捨松の独身最後の大冒険も、馬車が暴走したおかげで書けただけなんですけど(苦笑)」
ちなみに本作では改名や養子縁組が横行した時代の人名のややこしさ、、、、、、、、が事件のカギを握り、〈日本人の名前なんてまったく当てにならん〉というある人物の台詞も伏線の1つ。裏を返せば身分や名前を捨て、新しく生き直すことも不可能ではなく、片桐の場合は社会よのなかへの疑念〉が記者になった動機だった。彼は誰にともなく問う。〈あの戊辰の戦はなんだったのか〉〈力だけが正義なのか〉〈おびただしい屍を野にさらして、いったい何を守ったというのだ〉
「そんな片桐の〈なぜ〉は今や記者としての才能でもあって、犯人は突き止めても、断罪はしないんですね。
そもそも神様でも何でもない僕らには真実を知った上で前に進むことしかできないのかもしれず、そうか、そういう話だったのかって、自分でも今、ようやく合点がゆきました!(笑い)」
と、あくまでも控えめな歴史ミステリー界の新星は、大山との結婚を〈後悔、しません〉と未来形で答える捨松や、過去を乗り越え、人が人を赦す物語、、、、、、、、を、無意識に描くだけに末恐ろしい。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2018年10.12/19号より)

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