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【著者インタビュー】菊地浩平『人形メディア学講義』

人形は単なる女子供の愛玩物ではなく、あらゆる人間関係を成熟に導き、人間とは何かという大命題すら内包する普遍的なメディアだった――。早大文学学術院講師・菊池浩平氏の人気講義をまとめた初の一般書。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

タイヤからゴジラまでこの世は「人形」に満ちている! 早大で大人気の講義を書籍化

『人形メディア学講義』
人形メディア学講義 書影
河出書房新社
2500円+税
装丁/中島三徳(M graphics inc.)

菊地浩平
著者 菊地浩平
●きくち・こうへい 1983年埼玉県鴻巣市生まれ。早稲田大学第一文学部演劇映像専修では同教授で演劇博物館長の岡室美奈子氏に師事、同大学院文学研究科博士後期課程を単位取得退学。日本学術振興会特別研究員、早大文化構想学部表象・メディア論系助教を経て、現在は同文学学術院等で非常勤講師。助教時代の14年に立ち上げた「人形メディア学概論」と「人形とホラー」は学内投票で第1位を獲得、各メディアでも活躍する注目の気鋭。180㌢、80㌔、B型。

人形は人に似た別物だからこそ様々な気づきをもたらすメディアでありうる

人形メディア学、または〈人形と人間のあいだ〉を考えると聞いて、今どきの学生が羨ましくなった。
『人形メディア学講義』は早大文学学術院講師・菊地浩平氏の学内きっての人気講義をまとめた初の一般書。映画『トイ・ストーリー』やリカちゃん等、敷居は低く設定しつつも、内外の人形史をふまえ、耽美的で高尚な澁澤龍彥的人形愛をも更新しようとする、気鋭の若手らしい刺激的な1冊だ。
例えばスヌーピーに登場する〈ライナスの毛布〉や、人形=いずれ卒業する対象という刷り込みに関しても、氏は「本当にそうか?」と率直な議論を呼びかけ、むしろその人形と人間の間に起きた現象について考察を進めてゆく。すると人形とはいわゆる女子供の愛玩物どころか、あらゆる人間関係を成熟に導き、人間とは何かという大命題すらはらむ、普遍的メディアでもあった。

秋もにわかに深まった10月。早大・戸山キャンパス内の研究室には1体の藁人形が。
「あ、これは講義に使おうと思ってヤフオクで買ったんです。確か値段は1000円くらいで、実は意外に可愛かったりする(笑い)。
それを呪いの道具のように感じるのもたぶん昔話や映画の影響で、ただの藁でできた人形を特定の誰かに見立てる人間の能力の方に、僕は関心があるんです」
元々は演劇やお笑いへの興味から、イギリスの喜劇作家、サミュエル・フットらの実験的人形劇を研究対象としてきた菊地氏。人形は、人間やこの世界を知る上で格好の補助線だという。
「僕は〈人間あるところに人形あり、人形あるところに人間あり〉というバカげた宣言で講義を始めます。それは人を模していない机でもタイヤでも、それを何かに見立てた瞬間に人形は発生、、するから。人形は身近な存在だと思うんです。
一方で顔がないと人形とは思えないという学生がいたり、人によって感じ方が全然違うんです。実際の講義でも、巨大なタイヤが主人公としてひたすら転がる映画『ラバー』になぜ人は共感し、『トイ・ストーリー』の玩具はなぜ喋るところを人に見られてはいけないかを作品分析的に考えていくのですが、答えは各自違っていい。僕としてはそうした広義の人形と自分との関係、、、、、、を、考えてほしいので」
確かに誰もが人形やぬいぐるみに愛着を抱いた経験を持ちながら、なぜそれを捨てることが=成長なのか、明確に答えられる人はそう多くない。大学生になった主人公アンディが玩具との物理的な別離を経てより成熟した関係性を獲得する『トイ・ストーリー3』や、第一次大戦で戦地に赴いた作家が「何もしない時間」のかけがえのなさを息子のために物語化した『くまのプーさん』にしろ、人形=自分と他者の〈中間領域〉に関して多くの知見をもたらすメディアだという視点を持つことで、全く違う光彩を放ち始めるから面白い。
「受講生には球体関節人形が好きな子もいます。無機物への性的嗜好を意味するピグマリオニズムを人形愛と翻訳し、全く新しい人形観を構築した澁澤の仕事は確かに凄いと思う。でもここまで人形と多様な関係を築く人がいる以上、もっと広くカバーしないともったいないし、それも一つの文化だと僕は思うので」

着ぐるみ内に人間がいてこその妙味

本書が扱う題材も、中身の〈透け感〉を逆手に取ったふなっしーや、公私の別をあえて超える覆面レスラー、スーパー・ササダンゴ・マシンとの対談まで幅広い。その点、第二部冒頭に引用された能楽師・観世寿夫の言葉は象徴的だ。〈能面、殊に女面が小型に作られていて、演者の素顔、たとえば顎などが少しはみ出てみえることはとても大切なのかもしれない〉〈役者の肉体と無機的な木彫品である面との反発のし合い、闘い合いが、そこに象徴されるからである〉
「僕は集中力がないのか、能面からハミ出た役者のシワとかに目が行っちゃって(笑い)。本当はそれが気にならないくらい没頭するのが理想の観客ですが、その役と中身との葛藤をむしろ面白く思う体質、、なんです。
『ゴジラ』も、着ぐるみの中に人間がいてこそ僕らは妙味を感じる。またTVドラマの感想を話すときも役名で呼ばずに『ガッキーがかわいかった』などと『中の人』である役者の名前で話す。だとすれば、役者も人形と言え、人形論は誰しもに身近なテーマなのです」
〈リカちゃんはなぜ太らないのか〉、〈なぜ人形とホラーか〉等々、目次一つにも疑問形を多用する本書では、人形が孕む無尽の可能性を感じさせ、その先に見据えるのは他でもない、人間だ。
欧州の人形劇も、かつては人間が演じると支障のある政治的内容を人形に演じさせて発展した。日本でも戦後、赤狩りに遭った劇団が草創期のテレビに活路を求め、多くの名作を生んだ。
「その最高傑作が井上ひさしさんの『ひょっこりひょうたん島』(NHK・64〜69年)で、要は戦争中、大人は嘘ばかりついて子供を騙したじゃないかと、人形劇の体裁を借りて訴えた野心作でした。その系譜を継ぐのが人形に赤裸々な本音を託す同局のバラエティ『ねほりんぱほりん』。人形は人に似た別物だからこそ、様々な気づきをもたらすメディアたりうるのです。
つまり僕は人形の話じゃなく、人間の話、、、、をしていて、そこを学生や読者に一番わかってほしいんです」
本書もいわば人間のための人形論、、、、、、、、、を模索した一つの過程といえ、人間と人形の間について問い続ける彼の試みは今後も楽しく、より豊かに、展開されるに違いない。

●構成/橋本紀子
●撮影/三島正

(週刊ポスト 2018年11.16号より)

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