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迷える青春群像が大人になった姿『教養派知識人の運命 阿部次郎とその時代』

主人公は大正から昭和の途中まで「青春のバイブル」とされていた『三太郎の日記』の著者・阿部次郎。栄光を手にしたあと、徐々に負け組になっていく阿部の波乱万丈な人生を記した評伝を紹介します。

【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
平山周吉【雑文家】

教養派知識人の運命 阿部次郎とその時代
教養派知識人の運命 阿部次郎とその時代 書影
竹内洋 著
筑摩選書
2000円+税
装丁/神田昇和

徐々に負け組になっていく「青春のバイブル」の著者の生涯

漱石の小説に出てくる青年たちの後半生を見るような錯覚にとらわれる本である。『三四郎』『それから』『こころ』、あるいは『虞美人草』『行人』などの迷える青春群像が大人になった姿である。明治の後半に帝国大学に学んだエリートだが、彼らは「高等遊民」的煩悶を共有する。法科的人材ではなく、文科的人格を目ざす。その人生航路には名声、嫉妬、異性関係といった煩悩がつきまとう。竹内洋の『教養派知識人の運命』は、そのタイトル通り、近代日本の青年たちの行く末を、柔軟な視線で看取っている。
主人公の阿部次郎は、大正から昭和の途中まで「青春のバイブル」とされた『三太郎の日記』の著者である。昭和十七年生まれの竹内は高校生の時に、わが家に下宿していた先生から「読むように」と西田幾多郎『善の研究』と一緒に渡された。京大入学後にわかったのは、「読んだ上で否定しなければならない」時代遅れの書物だということだった。『三太郎の日記』を出し続けた岩波茂雄の「岩波文化」と角川源義の「角川文化」は、曲がり角にさしかかっていたのである。
岩波も角川も漱石を尊敬し、『漱石全集』を出している。阿部次郎は漱石山房に出入りし、朝日新聞文芸欄に執筆したことが契機で物書きになり、ロングセラー『三太郎の日記』の著者になった。阿部の最初の本は森田草平、小宮豊隆、安倍能成といった漱石門下生との共著だった。漱石は自らを慕ってやってきた「三太郎」ならぬ「三四郎」たちの生態を、将来も含めて洞察していたのだ。
スタートダッシュで跳び出した阿部の人生は、徐々に負け組になっていく。我よりも友が偉く見えても、阿部は動じない。マニュアル化された昭和教養主義には、「教養とは自分を造りあげること」と異議を唱えた。左傾した長女の逮捕、親友の和辻哲郎夫人との三角関係疑惑など、波乱にとんだ生涯に興味は尽きない。著者の教養主義研究の総仕上げともいうべき豊饒な書物である。

(週刊ポスト 2018年11.30号より)

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