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【著者インタビュー】堀江敏幸『傍らにいた人』

約1年に亘る日経新聞での連載をまとめた、まるで一篇の小説のような書評本。まずは國木田独歩の散文に登場する溝口の地名から多摩川べりを連想し、安岡章太郎の『夕陽の河岸』を手に取り……。書物と書物を、芋づる式にたどって〈連想〉していく再読の旅。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

無理に「解釈」せずに味わう――連想のままに読書を繋ぐ愉楽を味わえる贅沢な書評集

『傍らにいた人』
傍らにいた人 書影
日本経済新聞出版社
2000円+税
装丁/間村俊一 装画/野見山暁治

堀江敏幸
堀江敏幸jpg
●ほりえ・としゆき 1964年岐阜県生まれ。早稲田大学第一文学部仏文専修卒、東京大学大学院フランス文学専攻博士課程単位取得退学。『おぱらばん』で三島賞、『熊の敷石』で芥川賞、『スタンス・ドット』で川端賞、『雪沼とその周辺』で谷崎賞、『河岸忘日抄』で読売文学賞、『なずな』で伊藤整文学賞、『その姿の消し方』で野間文芸賞等。07年より早大教授。166㌢、54㌔、O型。先日全米図書賞を受賞した多和田葉子著『献灯使』の装画を手掛けた堀江栞氏は娘。

書き手も関知しない言葉の隙間に入り込み一見無関係な細部に躓くことも読書の喜び

朧げな記憶の中に浮かぶ数々の文学作品と、それを時を経て読み返す作家との、これは行くあての知れない対話にして、一篇の小説、、、、、といってもいい書評集である。
堀江敏幸著『傍らにいた人』は、約1年に亘る日経新聞での連載をまとめたもの。例えば國木田独歩『忘れえぬ人々』に言及した冒頭の一篇「傍点のある風景」にこんな一文がある。〈目の前をあっさり素どおりして気にもとめていなかった人の姿が、なにかの拍子にふとよみがえってくることがある〉〈思い出されてはじめて、なるほどその折の景色のなかに目立たない傍点が打たれていたのだと気づかされるような影たちと、何度も遭遇してきた。ただし、現実世界ではなく、書物の頁の風景のなかで〉
そうした影たちと再会すべく、独歩から安岡章太郎、内田百閒や藤村や芥川へと、氏の〈連想〉と再読の旅は微かな残像を元に頼りなく進む。その受け身、、、で芋づる式な手つきは、自身の創作姿勢や文学という営みそのものとも深く関わっていた。

現在、早大文学学術院で文芸演習の講義も受け持ち、「書くために読め」と説く氏は、〈連想というものはつねに足し算であって、引き返す術がない〉と書く。
「何のインプットもなしに自分だけの言葉が湧きだすなんて幻想にすぎません。先人の仕事を二次的、三次的に〈変奏〉してきたのが文学の歴史だと思います。
その土台にあるのが、読むことです。ただ、僕の場合はそれが系統的にならない。書物と書物が芋づる式に繋がっていく。冒頭を独歩で始めたからこの並びになっているわけで、別の作品から始めていたら全く別の色合いに染まったでしょうね。連想の流れに一貫して受け身なのは、生来の性格です(笑い)」
独歩の分身らしき作家・大津が、旅先で出会った人々の面影を描いた「忘れえぬ人々」は、明治31年発表の同名作の作中作。だがその2年後、再び旅に出た大津がしきりに思い出す人物と、堀江氏の心に残った人物は微妙に異なり、その違いに氏はあえて解釈を施さない。〈読書をつうじて形成された記憶のなかで振られる後付けの傍点の意味を、深追いしないこと。書物のどこかで淡い影とすれ違っていた事実を、ありのままに受け入れること。その瞬間、頬をなでていたかもしれない、言葉の空気のかすかな流れを見逃していた情けなさと出会い直せた不思議を、大切にしておきたいのである〉
「例えば学生時代に読んだ本を、大人になって読み返すと、全然違うものに見えてくる。その日の天候や、手にした判型によっても、頁の上の景色は大きくちがってきます。
そうした個人的な体験も、じつは作品の一部なんです。作品の主題は一つとは限りません。細かい内容は忘れてもいいと思うんですね。この本を読んだ前日は映画に行ったとか、あの言葉が妙に目についたとか、とっかかりになる記憶のかけらがあればいい。周縁や細部にあるものこそ大事だということを、繰り返し書いてきたつもりです。
わかるわからないはべつとして、何度食べても、、、、飽きない本があるでしょう。その本を、わからないなりに読んでいたかつての自分と再会できるのも、再読の愉しみかもしれません」
まずは独歩の散文に登場する溝口の地名から多摩川べりを連想し、安岡章太郎『夕陽の河岸』を手に取った堀江氏。その中の〈「絶対的な孤独と諦念」を全身で示している〉〈鯉の不気味な姿〉から、〈私は鯉を早稲田大學のプールに放つた〉という、井伏鱒二『鯉』の一文を志望理由にした高校時代の自分を思い出す。そして連想はさらに瀧井孝作『父』へと、飛び石づたいに繋がってゆく。

地味な連載も許容する文学の強み

また『忘れえぬ人々』自体も数々の変奏、、を生んでおり、島崎藤村『海岸』、そこから同じ上総の海を描いた芥川龍之介『微笑』へと、堀江氏は読み進めていく。
「作家が海辺の町や村に滞在して見聞を記すのは、当時の流行なんでしょうね。書き手もまた、連想によって作品を生み出します。この流れは、途切れずに続いている。それは国内の作家に限りません。小山清の『小さな町』や野呂邦暢の『小さな町にて』は、市井の人々にあたたかい視線を寄せるフランスの作家フィリップの、『小さき町にて』の影響を深く受けています。先行者の仕事を、敬意と覚悟をもって継ごうとした作家たちに、よくぞつるを切らずにいてくれたと、年々感謝の念は強くなる一方です」
その野呂邦暢の『失われた兵士たち』から石原吉郎『サンチョ・パンサの帰郷』へ読み進むくだりや、元シベリア抑留兵の石原が愛読した『いのちの初夜』の作者・北條民雄と、ハンセン病者である彼の作品を紹介した川端康成との関係。さらにその川端と梶井基次郎とを結ぶ〈冷気〉に関する考察は、身震いするほど鋭い。
「北條が川端に書き送った〈きつと御返事を下さい〉きつと、、、とか、表現の細部につまずくんです。川端の『掌の小說』に収められた掌編「骨拾ひ」でも〈私は顏がねばねばする〉が気になる。顔がねばねばするではなく、あえて私は、、と書く川端に、身体から意識を離して、自分を客観視してしまう幽体離脱のような印象を受けると言いますか」そんな彼の掌編を題材に「『心中』を主題とするヴァリエイション」なる試作に挑み、当の川端に〈作者の心の隙を校正した〉と言わしめたのが若き日の梶井だ。彼らがいかにしてその冷気を共有するに至ったのか、堀江氏はひたすら読むこと、、、、で考えようとし、〈他者の作品がほんとうに「分る」とは、どういうことか。軽々しく口にできないこの言葉の重み〉と対峙し続ける。
「『傍らにいた人』で書いているのは、もっぱら個人的な読書の風景です。書き手も関知しない言葉の隙間に入り込み、全体とは一見無関係な細部に躓くことも読書の喜びのうちだと感じていただければ嬉しい。明確な主張も結論もない、旧かなを平気で使うまことに地味な連載が、実利を追求する日経新聞で一年も続いたのは不思議なことですが、それを許容してくれるのが、たぶん文学という領域の強みなのでしょう」
膨大な言葉の海から言葉を獲得し、自分のものとする人は、そもそもが受け身な存在だ。その事実や目に見えない傍点、、、、、、、、に再読を通じて気づく作業は、自らを形作る細胞の成分や為すべき使命を知る作業でもある。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2018年12.21号より)

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