忘れてはいけない「平成」の記憶(2)/御厨貴『天皇の近代』
平成日本に生きた者として、忘れてはならない出来事を振り返る特別企画。
平成28年8月8日に、今生天皇による退位の意向を滲ませた「おことば」が、全国放送されました。改元を前に、天皇の「能動化」への危惧を検証した一冊を、平山周吉が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け! 新年スペシャル】
平山周吉【雑文家】
天皇の近代
御厨貴 編著
千倉書房
3200円+税
【おことば】「昭和史」を曖昧にしてはいけないという意識
平成の世の空気を呼吸しながら、昭和という時代を恋い慕って暮らしている。そんな時代錯誤の我が身を、嫌でも現実に引き戻したのが、「平成の玉音放送」であった。退位の意向を強く滲ませた今上天皇の「おことば」は、平成二十八年(二〇一六)八月八日に全国放送された。ビデオメッセージというよりは、「御下賜」という古めかしい言葉がふさわしい、仰々しい取扱われ方であった。約一ヵ月前のNHKのスクープ報道から、人為的に作られた流れに沿って、大多数の国民は「おことば」を素直に、有難く拝聴した。
昭和が化石化したような偏屈な「聞く耳」しか持たない私は、「これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないか」という一節に、微かな違和を覚えた。「全身全霊」といった自己評価を慎むのが、昭和までの日本人の倫理観だったのではないか。これが「平成流」なのだろうか。
そんな私の感想などはどうでもいい。むしろ、多大な人的損害をもたらした昭和史の悲劇をあらためて想起させたのが、「玉音放送」としての大きな価値だったのかもしれない。改元を前に、その昭和史を有耶無耶、曖昧にしてはいけない、という危機意識が、当事者に近いところで静かに起っている。御厨貴編著『天皇の近代―明治150年・平成30年』(千倉書房)である。編者の御厨東大名誉教授は、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の座長代理として、この会議のスポークスマンを務めた。
御厨は一代限りの退位を認める特例法の「決定関与者」となった自らの政治的役割を、一歩引いて「研究者」の立場から解剖している(第10章)。官邸と宮内庁の間にかわされたバトル、官邸の徹底した情報管理、有識者会議に課された「国民の総意」というクッションと憲法違反からの回避というお役目などを洗いざらい提出する。天皇の「能動化」への危惧を、開けっぴろげに検証しているのだ。
(週刊ポスト 2019.1.4 年末年始スーパーゴージャス合併号より)

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