忘れてはいけない「平成」の記憶(4)/多和田葉子『献灯使』
平成日本に生きた者として、忘れてはならない出来事を振り返る特別企画。
地下鉄サリン事件や阪神淡路大震災などの辛い事件が起こり、右傾化、排他主義も進んで「ディストピア化」した平成。そんな時代にふさわしいと鴻巣友季子が選ぶのは、全米図書賞も受賞したこの一冊です。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け! 新年スペシャル】
鴻巣友季子【翻訳家】
献灯使
多和田葉子著
講談社文庫
650円+税
【ディストピア】管理下の「調和」の陰で人々が葬られ抑圧される
平成を振り返ると、どうも辛いことばかり思い浮かぶ。地下鉄サリン事件、阪神淡路大震災、米国での9・11同時多発テロ、イラク戦争、東日本大震災、その影響による東電の原発事故、二度の安倍政権樹立、IS樹立、トランプ政権樹立、熊本地震、森友加計問題……。
世界的な傾向としては、右傾化、排他主義、民主主義の危機などなど、平成をひと言でいえば、「ディストピア化」ということになるだろうか。オーウェルの『1984年』などに代表される寡頭・独裁政治による一見穏やかな管理監視社会を指す。
一部の支配者の都合でいつのまにか新しい法案が通過し、施行される。公文書は改ざんされ、管理下の「調和」の陰には、抑圧された人々、密かに葬られる人々がいる。上層社会は潤って安定しているが、その恩恵のトリクルダウンに
未来小説は未来のことを書いたものではない。今ここにありながらよく見えていないものを、時空間や枠組みをずらすことで露見させた「現在小説」だ。多和田葉子の『献灯使』の表題作は、甚大な原発事故による環境汚染を被った日本。超高齢化社会で、主人公は一〇五歳、幼い曾孫とふたり暮らしだ。子供たちは汚染による虚弱体質で、物もろくに噛めない一方、老人たちの体は屈強で、子孫を看取る運命にある。この管理監視社会では、大半の外来語は禁止、政府は好き勝手に法律をいじる。いつなにが法に抵触するか知れず、空想小説を書いても、「国家機密を漏らした」として逮捕されかねない。想像力すら罪。
笑いの爆竹に躍り、底知れない闇に
(週刊ポスト 2019.1.4 年末年始スーパーゴージャス合併号より)

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