『たんぽぽ団地』
【今日を楽しむSEVEN’S LIBRARY】
ブックコンシェルジュが
選ぶこの一冊
文芸ジャーナリスト
佐久間文子
『たんぽぽ団地』
重松清
新潮社 1728円
『ビタミンF』や『とんび』『十字架』など数々のベストセラーを生み出してきた重松清さんが、「団地」を舞台に描いたノスタルジックな最新作。子供時代を懐かしく思い出し、心が温まる。
時を超え懐かしい人が戻ってきて、
小説を読む人もひととき、自分たちの
たいせつな場所に連れ戻される
東京郊外の老朽化した団地がこの小説の舞台である。取り壊しが決まり、住民もほとんど引っ越してしまったその団地は、かつて、あるテレビドラマのロケ地になった。
団地の七号棟は実はタイムマシンで、住人はタイムトラベラー。そこに引っ越してきた一般人のワタル少年が、地球防衛の任務を帯び、住人たちと協力して侵略者と戦うドラマシリーズ「たんぽぽ団地の秘密」。撮影には団地も全面協力、エキストラ出演もはたした。
41年後に団地に戻ってきた元住民は、それぞれに事情を抱えている。ドラマの撮影当時、赤ちゃんだった直樹は、娘の杏奈を連れて、一人暮らしの父親のもとへ。直樹の同級生の智子の息子は、進学校でいじめに遭っているらしい。離婚して団地に戻っていた「ナルチョ」が立ち上げたプロジェクトのメッセージが、映画監督になった元子役のワタル君の目に留まる。
地味な主役で視聴率こそふるわなかったが、知る人ぞ知る、というドラマの設定が絶妙。小説の中にだけ存在するドラマのはずなのに遠い昔、たしかに自分も夢中になって観ていた気がしてくる。
そして気がつけば、“タイムトラベル”は始まっている。小説の杏奈たちが「時空たつまき」の働きで1973年に戻り、懐かしい人、会いたくても会えなかった人に出会って未来への思いを託されたように、映画やテレビドラマ、脚本、文集という「お話の世界」が入れ子のようになってタイムマシンの役割をはたすこの小説を読む人も、ひととき、自分たちのたいせつな場所に連れ戻されるのである。
(女性セブン2016年2月25日号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
岩瀬昇著『原油暴落の謎を解く』が価格上昇時期を分析!山内昌之が解説!
世界を読み解くには欠かせないのが、原油価格の知識。世界経済に大きく影響するこの原油価格とは、一体、どのようなメカニズムで動いているのでしょうか。エネルギーアナリストの著者が、詳細に渡って分析。山内昌之が解説します。
-
今日の一冊
世界的戦略家が日本へ提言!『日本4.0 国家戦略の新しいリアル』
この四百年間、日本人はつねに「完全な戦略システム」を作り上げてきた――。世界的な戦略家であるルトワックが、次に対処すべき、新たな局面に入った日本へ提言!
-
今日の一冊
『FIFA 腐敗の全内幕』
-
今日の一冊
『レクイエムの名手 菊地成孔追悼文集』
-
今日の一冊
【著者インタビュー】平岡陽明『イシマル書房 編集部』
神田神保町の小さな出版社に訪れた、会社存続の危機。出版不況のなか、ベストセラーで起死回生を狙うが……。小説を愛する人々を生き生きと描く、著者にインタビュー!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】山村美智『7秒間のハグ』/元祖ひょうきんアナが向き合った心身の空白
「オレたちひょうきん族」の元祖ひょうきんアナとして知られ、現在は女優として活躍する著者が、フジテレビの名物プロデューサーであった亡き夫との絆を綴ったエッセイ。「大切な人との時間は1分1秒も軽んじてはいけない」との言葉に強い説得力があります。
-
今日の一冊
佐藤 信『日本婚活思想史序説 戦後日本の「幸せになりたい」』/学者が「婚活」の歴史を紐解く・・・
パートナーを見つけることがむずかしくなった二十一世紀、氷河期時代の就職活動になぞらえて、「婚活」という言葉が生まれました。時代の移り変わりとともに、パートナー探しはどう変遷したのでしょうか。
-
今日の一冊
大竹昭子『間取りと妄想』が連想させる無数のドラマ。著者にインタビュー!
「間取り」好きの著者による、13の間取り図から広がる、妖しくも個性的な物語。その創作の背景を著者にインタビュー。
-
今日の一冊
人とテクノロジーのこれからの関係を探る『教養としてのテクノロジー AI、仮想通貨、ブロック・・・
いまや私たちの生活を取り囲み、なくてはならない存在となったテクノロジー。「そもそも人間は何か?」という根源的な問題から考え、人とテクノロジーのこれからの関係性をわかりやすく解説しています。
-
今日の一冊
『ムーンナイト・ダイバー』
-
今日の一冊
【著者インタビュー】三島邦弘『パルプ・ノンフィクション 出版社つぶれるかもしれない日記』/・・・
タイトルしか決まっておらず、編集者を頼むのも憚られ、自ら「脳内編集者」を兼務しながら、本や出版の今を描いた一冊。「この本自体、起承転結や近代の約束事をあえて逸脱した実験みたいなもの」と著者は語ります。
-
今日の一冊
高田昌幸+大西祐資+松島佳子編著『権力に迫る「調査報道」原発事故、パナマ文書、日米安保をど・・・
歴史に刻まれた名スクープの数々。スリリングでリアルなその裏側とノウハウを、取材記者が語る!精神科医の香山リカが解説します。
-
今日の一冊
独裁者を多面的に分析する『金正恩 恐怖と不条理の統治構造』
金正恩の最終カードが何であるか、さまざまな角度から徹底分析。粛清史を塗り変える異常さについても詳しく描写するなど、説得力があり読みやすい書です。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】清水 潔『鉄路の果てに』/鉄道で75年前の父の足跡をたどる
亡父の「だまされた」というメモを端緒に、75年前に旧満州からシベリアへと送られた父の足跡を自ら辿ることを決意したジャーナリストの清水潔氏。現在のシベリア鉄道と一部重複するその「鉄路の果て」に、果たして、何を見たのでしょうか。
-
今日の一冊
『消滅世界』(村田沙耶香)が描く社会の未来とは?
ディストピアを描いた小説と評されることも多い、未来社会を描いた1作。その創作の背景とは?著者にインタビュー。
-
今日の一冊
インゲ・シュテファン 著、松永美穂 訳『才女の運命 男たちの名声の陰で』/才能に溢れながら・・・
マルクスやアインシュタインの妻たちは、実は子ども時代から将来を期待されていた才女でした。しかし、結婚後は自身の夢を追うことが許されず……。賢妻と呼ばれた彼女たちは、はたして幸せだったのでしょうか。
-
今日の一冊
加藤諦三『不安をしずめる心理学』/現実を否認せず、自分が不安であることを認めることからはじ・・・
「テレフォン人生相談」でおなじみの心理学者・加藤諦三氏が教える「不安のしずめ方」。人生にしっかりと向き合いたい人におすすめの一冊です。
-
今日の一冊
李栄薫『反日種族主義 日韓危機の根源』/韓国人が語る歴史は、信じたい「物語」にすぎない
来日観光客の激減、日本ビールの輸入のゼロ化など、近年、ますます深まる日韓の溝。この「日韓危機」の原因は、どこにあるのか? 韓国で出版され、大きな話題を呼んだ一冊。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】伊吹有喜『雲を紡ぐ』/布工房を舞台に家族の衝突や葛藤を描いた、心あたた・・・
いじめで高校に通えなくなった娘、無口な父親、激しく非難してくる母親……3人の衝突や葛藤、隠された思いを、岩手県盛岡市の布工房を舞台に丁寧に描いた家族小説。
-
今日の一冊
迷える青春群像が大人になった姿『教養派知識人の運命 阿部次郎とその時代』
主人公は大正から昭和の途中まで「青春のバイブル」とされていた『三太郎の日記』の著者・阿部次郎。栄光を手にしたあと、徐々に負け組になっていく阿部の波乱万丈な人生を記した評伝を紹介します。