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【著者インタビュー】宮部みゆき『昨日がなければ明日もない』

小泉孝太郎主演でドラマ化もされた、累計300万部の杉村三郎シリーズ第5弾! 愛情と依存を履き違えた女たちの悲劇を圧倒的な筆力で描く、宮部みゆき氏にインタビュー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

累計300万部のシリーズ第5弾! 身近な「悪意」がもとで露呈する醜悪な心理をえぐり出す中篇集

『昨日がなければ明日もない』
昨日がなければ明日もない 書影
文藝春秋
1650円+税
装丁/大久保明子
装画/杉田比呂美

宮部みゆき
03号_宮部みゆき
●みやべ・みゆき 1960年東京生まれ。87年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『火車』で山本周五郎賞、『蒲生邸事件』で日本SF大賞、『理由』で直木賞、『模倣犯』で毎日出版文化賞特別賞、『名もなき毒』で吉川英治文学賞等受賞多数。「今や杉村は私の頭の中で完全にドラマ版の小泉孝太郎さんの顔になっているし、侘助のマスターは本田博太郎さん。短編もまたドラマにしてくれないかなあ」。

過去の「謎」は解かぬまま、未来を考えるような解答を探し出すことはできないか

 03年以来、『誰か』『名もなき毒』『ペテロの葬列』と作を重ね、小泉孝太郎主演でドラマ化もされた通称・杉村三郎シリーズが、マイクル・Z・リューイン作、アルバート・サムスンシリーズの探偵像に源流を持つことは、宮部みゆき氏自身、かねて公言するところだ。
「つまり彼を平凡ながら人の話を真摯に聞ける、普通の探偵、、、、、にしたかったんです。それこそ町内会の防犯委員を、『若いんだから、やんなさいよ』って大家の〈松子〉さんにやらされたりする、自己愛の薄〜い……麩のイメージです(笑い)」
 シリーズ第5弾『昨日がなければ明日もない』では、前作『希望荘』で東京北区〈竹中家〉の一角に看板を掲げた新米探偵の奮闘を、全3篇の中短編集に描く。帯に〈杉村三郎VS.“ちょっと困った”女たち〉とあるが、愛情と依存を履き違え、深みに堕ちてゆく女たちの虚構の悲劇に、なぜこうも心を乱され、怒りを覚えるのか。その圧倒的な筆力が恨めしくすらなってくる。

「彼女たちは相手次第ではよき妻や母親になれたのに、ちょっとしたボタンの掛け違いが悪い方に出てしまっただけとも言えますよね。
 例えば第1話『絶対零度』の〈佐々優美〉は学生時代に知り合った夫〈知貴〉だけが理解者だと思い込んで、結局は夫の横暴を許してしまう。でもそういう要素って多くの女性が持っているだろうし、それが悪い方に働いた時に当人たちに何て言ってあげたらいいのか、私も歯がゆくて……」
 ここで前作までの経緯を整理すれば、児童書の編集者時代に今多いまだコンツェルン会長〈今多嘉親よしちかの婚外子〈菜穂子〉と出会い、入社を条件に結婚を許可された杉村は、以来広報室で社内報の制作に従事し、一人娘〈桃子〉にも恵まれた。が、前々作で妻の裏切りに遭って離婚し、職も失った彼は調査会社・オフィス蛎殻かきがらの若き代表〈蛎殻昴〉の勧めもあって探偵事務所を開業。同社が回してくれる仕事で今は何とか食い繋ぐ毎日だ。
「私は逆玉で結ばれたこの仮面夫婦を最初から破綻させるつもりだったのですが、読者の皆様からは、杉村がかわいそうだとかなりお叱りを受けてしまいました(笑い)。普通は探偵の過去を事件と同時進行で振り返りますが、私は探偵が探偵になる前夜、、、、、、、、、、もきっちり書いておきたかったんです。
 そして『希望荘』以降は中短編の形で杉村には場数を踏ませ、今は竹中家ルートの依頼が多いこともあり、身近な悪意が絡んだ普通の事件を普通すぎる探偵が見届ける格好になりました」
 杉村事務所の記念すべき10人目の依頼人はさいたま市在住の主婦筥崎はこざき静子〉。彼女は相模原に住む長女・優美が突然自殺未遂を図り、入院先に駆けつけても婿の知貴がなぜか会わせてくれないと涙ながらに訴えた。
 日付は2011年11月。震災以来、東電関連企業で要職にある夫は多忙を極め、優美の弟も北九州に赴任中だという。杉村は入院先や弟に事情を聞く一方、広告代理店に勤める知貴に電話を入れるが、常に留守電で返信もない。やがて相模原の新居の豪奢さに違和感を覚えた杉村は、知貴が所属する母校のホッケー同好会OBチームの存在を知り、奇しくもOBの1人〈田巻〉の妻が謎の転落死を遂げていた事実を掴むのである。

自分が怖いと思うことしか書けない

 オシャレな暮らしぶりを日々ネットにアップするOB達とその妻の自己愛や、彼らを束ねる旧体育会系的絆など、その醜悪さは吐き気を催すほど。中には〈古いんじゃなくて、間違っているんです〉と言う気丈な後輩もいたが、常に犠牲になるのは女性や子供といった弱き者だ。その女性も愛情や保身から悪事に加担しかねない現実を、宮部氏はこれでもかというほど活写してしまう。
「作家って人でなしだなあと自分でも思います(笑い)。ただ私は自分が怖いと思うことしか書いていないし、一番怖いのは無意識のうちに悪くなるほうへのスイッチを押してしまうこと。そして結果として自分が悪事を犯してしまうのも巻き込まれるのも怖いんです」
 本来なら優美の居場所を確認した時点で業務完了だ。が、それでは気が済まず、田巻の妻の死の真相にまで踏み込む彼は、表題作では自身の自堕落な生活の責任を他人や子供に押し付ける母親〈朽田美姫〉の嘘をも暴き、結果的にはある人を追い詰めることにもなった。
「本人は義憤のつもりでも、善意が裏目に出る場合もあるし、今回の失態で限界を痛感した杉村がどんな探偵になるかを、次の長編では書くことになると思います。
 通常は過去に謎があって、それを解いて秩序を回復、、するのがミステリーの王道。でも時と場合によっては、過去はそのままにして未来を考えるような解答を探し出すことはできないか。そしてそれでも昨日を片付ける必要があるのは、昨日を片付けないと明日が来ないから、ではないとわかっている探偵さんに、震災以降の日常を生きる杉村にはなってほしいなあと私は思っているんです」
〈一度だって自分の昨日を選べなかった〉とある人物が言うが、一見希望を思わせる昨日と明日の関係にも悪の芽は宿り、スイッチはよい方にも悪い方にも入っておかしくなかった。慰めは竹中家の愉快な面々や、近所に移転した喫茶侘助のホットサンド、そして娘との面会日くらいだが、それでも人と関わらずにいられない凡人探偵・杉村シリーズを、宮部氏は今後も今を映す鏡として書き続けたいという。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2019年1.18/25号より)

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