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【著者インタビュー】島﨑今日子『森瑤子の帽子』/主婦羨望のアイドルだった、人気女性作家の実像は……

『情事』ですばる文学賞を受賞し、一気に流行作家へと駆け上がった森瑤子。真っ赤な口紅と大きな帽子がトレードマークで、女性たちの羨望を一身に集めていた彼女は、実は家族にすら言えない孤独を抱えてもいて……。華やかなイメージの裏に隠された、作家の実像に迫るノンフィクション。

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バブル期に燦然と登場し世間の羨望を一身に集めながら良き主婦像に縛られてもいた――作家の魂に迫るノンフィクション

『森瑤子の帽子』
森瑤子の帽子 書影
1700円+税
幻冬舎
装丁/緒方修一

島﨑今日子
10号_島﨑今日子1
●しまざき・きょうこ 1954年京都府生まれ。甲南大学卒。編集プロダクションを経てライターに。『AERA』での連載「現代の肖像」等で活躍し、インタビューの名手と定評。著書に「現代の肖像」をまとめた『この国で女であるということ』や『安井かずみがいた時代』等。「私はファッションは川久保玲様、音楽は中島みゆき様と、各分野に強烈に好きな女神様が1人いて、その存在がいれば大満足。お布施と称して出費も相当しています(笑い)」。160㌢、A型。

常に深い哀しみや自己嫌悪を抱えていた人気作家を私は可哀そうだとは思わない

 世の女性がファッションや生き方に以前ほど肩肘を張らなくなったのは、思えばいつの頃からだったろう。
 真っ赤な口紅に肩パッド、そして大きな帽子がトレードマークだった人気作家が、93年夏、52歳の若さで亡くなって26年。島﨑今日子著『森瑤子の帽子』は、華やかなイメージや虚像ばかりが先行しがちだった作家の実像に多くの証言で迫った渾身のノンフィクションだ。
 前作『安井かずみがいた時代』(13年)でも島﨑氏は高度成長からバブルに至る時代を活写し、ことに女性が自立を切望した転換期を鮮やかに切り取ってみせた。
 その渦中に森もまたおり、38歳の時、〈夏が、終ろうとしていた〉という印象的な書き出しで始まる初小説『情事』ですばる文学賞を受賞。3人の子育てに追われる〈ミセス・ブラッキン〉から主婦羨望のアイドル・森瑤子に転身を遂げた彼女は、一方で家族にすら言えない孤独を抱えてもいた。

「『情事』が出た78年当時、私はまだ20代。それでも話題の本をリアルタイムで読みましたし、イギリス人の夫と美しい3人の娘をもつ彼女の私生活は当時、誰もが知るところでした。
 元々私は自分が最も多感な時期に見た60〜80年代の風景や女性の意識の変化に興味があり、安井さんの次は誰を書こうかと思った矢先、森さんと個人的にも親しかった山田詠美さんが、『島﨑さんが森さんのこと書きなよ』と言ってくれて。
 ただ私は彼女を作品でしか知らないし、10人に聞いたら10通り、真実ってあると思うんです。私自身、昨日はAと言ったのに今日はZと言ったり、矛盾した真実の集合体が人間だと思うので、予断は極力挟まず、証言やディテールをモザイク状に積み上げる中に一つの像が浮かぶよう心がけました」
 その山田氏が〈ゴージャスであることに勤勉〉とも評する森瑤子、本名・伊藤雅代は40年11月、母・喜美枝の川奈の実家で生まれ、翌春、父・三男に呼び寄せられる形で中国・張家口へ。45年3月、母や弟と帰国し、父が復員したのは翌年6月だった。その間、美しく気丈な母は友人と託児所を始め、弟や妹と比べて厳しく育てられた長女は、〈母の愛情に飢えていた自分〉を何度も作品に書いている。
 一方、小説家志望だった父は生涯に12回もの転職を繰り返し、下北沢に瀟洒な洋館を買い、子供にはバイオリンやピアノを習わせた。後に母は美容院を開業し、留学生や下宿人が同居する中で育った森は、59年春、東京藝大器楽科に入学する。
「サルトルとボーヴォワールの関係やサガンに誰もが憧れた時代に、まだ恋にも流行にも疎かった森さんは、油画科の友人たちとの交流を通じて感性を磨いていく。彼女が片思いした自称詩人の通称〈ムッシュウ〉〈ガコ〉の関係なんてまさにサルトルとボーヴォワール的です。また婚約パーティまで開きながら結婚を反対された故・亀海昌次さんとの友情は、人気作家とその装丁を手がけるデザイナーとして生涯続きます。
 この刺激的な青春時代が彼女の華やかな交友関係の根底にはあったと思うし、筆名に繋がる女性とも器楽科で出会うんです」
 後に日本初の女性コンサートマスターとなる同級生、旧姓・林瑤子氏だ。美しく才能ある林氏に森は憧れ、〈私は彼女の名をほとんどそのまま、ペンネームにしている〉と本人も書く。むろん勝手に名前を使われた側は複雑だろうが、林氏の証言は森の主婦時代の屈託をよく伝え、妻、母、作家と、人生の場面ごとに異なる顔を見せる森瑤子という迷宮に、読む者もまた引き込まれてゆくのである。

自ら安定を壊しつつ突っ走った

 本書では冒頭の山田氏に始まって、よく安井たちと麻布キャンティ等に集った大宅映子氏や歴代の編集者。三者三様に母を語る娘たちや、森が眠る与論島でカフェを営む夫アイヴァン・ブラッキン氏。一家の素顔を知る秘書の本田緑氏や、女性誌等々で噂にもなった近藤正臣氏、今は亡き亀海氏との仲を知る友人たちなど、取材対象は数十名に上る。
 さらに『夜ごとの揺り籠、舟、あるいは戦場』執筆に際して森のカウンセリングを行なった河野貴代美氏や、遺産配分を託された税理士まで、著者は時に守秘義務寸前まで踏み込んでもいる。
「アイヴァンさんの望み通りカナダの島を買ったものの、維持費が大変だとか、森さんは私生活のあれこれを書いています。だから世間は、彼女が夫の事業を助けるために仕事を増やしていたことまで知っていた。稼ぎのいい妻と夫がどう折り合うかはカップル共通の命題ですが、むしろ彼女は安定を自ら壊しつつ突っ走ったふしがある。特に後半は瘡蓋かさぶたを掻き毟り、喉に指を突っ込んででも書くべきテーマを吐き出した。それでも書き続けるのが唯一の欲望だったんだろうなと」
 森自身が書いている。
〈既成事実に題材を求めるというより、題材のために事実を作っていくというように逆転していきました〉
 そしてその欲望の形から島﨑氏は目を背けず、〈彼女の三十八歳からの人生は物語を紡ぐことがすべてに最優先された。そのために社交があり、生活さえあって、作家は生身をさらしながら夫や家族を傷つけることも厭わず、書き続ける〉と書く。
「でも彼女と親交のあった五木寛之さんが言うんです。〈森さんが同じ時代に生きた人に与えた一回性の感動というのは、古典のそれの百倍くらいはあったと思う〉って。森さんはこの言葉だけでも報われたんじゃないかと思います。
 ラカンは『人間の欲望は他者の欲望だ』と言ったけれど、彼女は他者の欲望をこれでもかというほど叶え、しかも誰に聞いても人柄を褒められる女性なんです。そんなチャーミングで勤勉で、五木さんのいう〈シベリアの農婦〉のような素朴さもありつつ、常に深い哀しみや自己嫌悪を抱えていた彼女を、私は可哀そうだなんて思わない。むしろ自分にしか生きられない人生を生き切ったその魂に、眩しさすら覚えます」
〈最初からRなど愛してはいないのだ。彼女が愛したのは、自分のイマージュが創り出したR’の方だった〉と「死者の声」(自選集収録)に書いた森は、全てにダッシュのついた虚構の世界を自らも生きた。が、それが実は人間の真実かもしれず、消費されることを恐れず、果敢に時代を駆け抜けた彼女を失って以来、この国の右肩も上がらなくなった?

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2019年3.22号より)

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