奥泉 光『ゆるキャラの恐怖 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活3』/底辺校の万年准教授をめぐる究極の脱力ミステリー!
主人公は、学究意欲・教育意欲の欠片もない、底辺校の万年准教授「クワコー」こと桑潟幸一。ひたすらクビにならぬよう、大学のゆるキャラの着ぐるみを着て行事を盛りあげたりするが、ある日脅迫状が送られてきて……。脱力ミステリー「クワコ―・シリーズ」第三弾!
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
鴻巣友季子【翻訳家】
ゆるキャラの恐怖 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活3
奥泉 光 著
文藝春秋 1700円+税
装丁/鶴 丈二
装画/加藤木麻莉
究極の脱力ミステリーに炸裂する著者流の諧謔と社会批評
重厚な大作の数々を問うてきた作者が放つ、究極の脱力ミステリー「クワコー・シリーズ」第三弾。最後には鮮やかな(?)謎ときがあるが、やはり読みどころは、奥泉流の諧謔が染み渡る語りだろう。
主人公は底辺校「たらちね国際大学」日本文化学科の万年准教授「桑潟幸一」。研究書の一冊も、学究意欲、教育熱意の欠片もないヘタレ先生だ。英米には大学のダメ教授たちがアカデミズムの狭い世界で騒動を繰り広げるキャンパス・ノベルの伝統があるが、日本文学はクワコーをして、それらの作品群の風刺精神と張りあえるだろう。
シリーズ開始当初は、クワコーもまだ太宰の専門家を自負していたし、ポストを取られて憤る志も、意思疎通不可能な学生に囲まれて悲哀を覚える感性もあった。しかし水は低きへと流れるのが摂理で、クワコーはいまやあらゆる「思考」と「内省」をほぼ停止させるに至っている。目下の同学の至上命令は、学生集め。ひたすら馘首にならぬよう、大学のゆるキャラの着ぐるみを着て、行事を盛りあげたりする。第一編は、ゆるキャラ・コンテストに関わり脅迫状が送られてきて、クワコーは命を狙われているようだが……。
初っ端から、大学と、大手教育産業「ペネッセ」と、政府機関の癒着が指摘されるが、作者の社会批評が炸裂するのは、第二編「地下迷宮の幻影」だ。教育勅語を信奉し、ペネッセのライバル組織「JED」とつるんで政府機関を抱きこもうとする文化人が登場。この男は第二次大戦中の陸軍研究所とも繋がりがあるというから、きな臭い。クワコーは陰謀究明の任を帯びるのだが……。
奥泉は先行作『東京自叙伝』で日本の近現代の歴史を検証した。戦争や大規模な原発事故を体験しても、「無反省と現状肯定」が繰り返され、日本人が「反省も歴史化」も行わずにきたことを痛烈に批評した。思想を放棄し流されゆくクワコーには、そうした近現代の日本人の姿が重なるのではないか。おっ、意外と社会派!
(週刊ポスト 2019年4.12号より)

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