岡口基一『裁判官は劣化しているのか』/タブーなき判事の、内部からの情報発信
法律問題から時事問題、性の話題にいたるまで、タブーなきつぶやきをツイートしつづける岡口基一判事。最高裁から戒告処分を受けてもなお、赤裸々に裁判所の内部事情を本書で綴っています。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
岩瀬達哉【ノンフィクション作家】
裁判官は劣化しているのか
岡口基一 著
羽鳥書店 1800円+税
装丁/小川順子
装画/鈴木ゴウ
統制と萎縮がはびこる裁判所の内部を赤裸々に綴る
東京高裁の岡口基一判事は、法律問題から時事問題、時には性の話題までをツイートしてきた。タブーなきつぶやきに対し、これまで東京高裁長官から二度の口頭厳重注意と、最高裁の戒告処分を受けている。
そしていまや、国会の裁判官訴追委員会からも事情聴取を受け、裁判官弾劾裁判所へ訴追されそうな雰囲気だ。訴追となれば、裁判官の身分を奪われる可能性が高い。
何が、こうまで最高裁をいきり立たせ、政治家たちも黙っていないのか。
処分を受けてもなお、岡口判事は「内部から情報発信」をやめないどころか、対決姿勢を打ち出しているからだろう。裁判所がいかに封建的な組織であり、政治に弱く、「少数者の権利や自由を守る」ことに消極的かを、本書でも赤裸々に綴っている。
ある若手判事補が、都心に家を建てたところ、裁判所当局に知れた途端、「まだ子供が2歳であるにもかかわらず関東から大阪へと異動」させられた。地方への異動を考慮せず、いつまでも都心にいられると思い上がっている。そんな誤解と反感を買ったようだ。
「超エリート裁判官として若い頃から要職を歴任」していても、「行政側(国、都等)を負かせ、弱い立場にある国民や都民を勝たせる判決を連発したところ、わかりやすすぎる『左遷人事』」で飛ばされる。
「みせしめ」をつくることで、誰もが国を負けさせるとヤバイとわかり、「司法の出番であるといった事件」でも「タブー視」することに。結果として、政治に好都合な環境を作り出していたのである。
統制と委縮によって、「裁判実務の『智』」の伝承も途絶えているという。まともな判決が書けない裁判官が増え、「裁判所のパソコンの中にある、過去の判決を検索」し、「コピペ」しているのだそうだ。
司法は、権力の暴走をチェックする最後の砦のはずが、裁判官の「劣化」で、三権分立の理念は幻想と化しつつある。岡口判事は、だからこそ果敢に発言するのである。
(週刊ポスト 2019年4.26号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
桃崎有一郎『武士の起源を解きあかす 混血する古代、創発される中世』/武士は一体いつ、どこで・・・
武士がどのようにしてあらわれたのか、実はながらく謎とされてきました。さまざまな指摘や学説があるなかで、著者は史料を徹底的に読みこみ、真正面からこの謎に挑みます。
-
今日の一冊
日比嘉高『プライヴァシーの誕生―モデル小説のトラブル史』/現在のネット社会の問題点にまで議・・・
三島由紀夫の『宴のあと』、柳美里の『石に泳ぐ魚』など、トラブルを引き起こした「モデル小説」を考察。いまはネット時代の技術革新により、書き手は「過度な厳格化」に直面せざるをえない状況になっているといいます。
-
今日の一冊
ブライアン・スティーヴンソン著『黒い司法 黒人死刑大国アメリカの冤罪と闘う』が問いかける、・・・
白人の人妻と関係を持った黒人が、不当な判決を受けるー差別が根強く残る、アメリカの司法の現実を踏まえて展開される、衝撃のノンフィクション。鈴木洋史が解説します。
-
今日の一冊
『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』
-
今日の一冊
橋本 努『消費ミニマリズムの倫理と脱資本主義の精神』/資本主義の弊害が深刻化しているいま、・・・
コロナ禍で収入が減るなどして、すでに実践している人も多い“ミニマリズム”。このミニマリズムを徹底分析し、無理をして働き続ける暮らしを見直すための、さまざまな情報をまとめた本を紹介します。
-
今日の一冊
【2022年「中国」を知るための1冊】金谷 治 訳注『新訂 孫子』/永遠の古典『孫子』から・・・
軍事のみならず、政治外交でも示唆を受ける書物『孫子』を読む! 北京オリンピックの開催を控え、その動向がますます注目される隣国、中国を多角的に知るためのスペシャル書評! 神田外語大学客員教授・山内昌之が解説します。
-
今日の一冊
【激動の2022年を振り返る「この1冊」】渡辺電機(株)『父娘ぐらし 55歳独身マンガ家が・・・
気ままに生きていた独身まんが家が、二人の娘を持つシングルマザーと結婚し、上の娘と二人暮らしをすることに……。新しい娘を手探りで助けていく父親の様子は、この一年の私たちが何を取り戻し損ねたかを実感させてくれると、大塚英志は語ります。
-
今日の一冊
工藤美代子著の『後妻白書─幸せをさがす女たち─』をノンフィクションライター井上理津子が読む・・・
いくつになってもあきらめない。「後妻」、という生き方に見る女性の幸せとは。その赤裸々な本音に迫る、読み応えあるノンフィクションを、井上理津子が紹介します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】桜井昌司『俺の上には空がある広い空が』/43年以上に及んだ冤罪体験が創・・・
20歳のときにやっていない強盗殺人の罪を着せられて、無罪を勝ち取るまで43年間の月日を費やし、うち29年は獄中で過ごしたという著者。現在は74歳でステージ4の直腸癌を患い、在宅での自然療法を選ぶ中で、“いま伝えたいこと”を綴った異色の書!
-
今日の一冊
【激動の2022年を振り返る「この1冊」】三橋順子『歴史の中の多様な「性」 日本とアジア ・・・
LGBT+を擁護する声がますます高まるなか、対応が遅れていると思われがちな日本。しかし実は、西洋化する前の日本では同性愛がひろく受け入れられていた――そんな「性」に関する歴史を丁寧にときほぐす一冊! 国際日本文化研究センター所長・井上章一が解説します。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】柳 広司『太平洋食堂』/「ひげのドクトル」は、なぜ死ななければならなか・・・
周囲から「ドクトルさん」「ひげのドクトル」と呼ばれ、慕われていた大石誠之助。彼はなぜ罪に問われ、消されてしまったのか――渾身の歴史長編小説が書かれた背景を、著者に訊きました。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】吉田篤弘『おやすみ、東京』
東京の真夜中でこそ生まれ得た、幻想的で幸福感に溢れる連作短篇集! 実力派装丁家ユニット、クラフト・エヴィング商會としても活躍する著者にインタビュー。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】姫野カオルコ『青春とは、』/恥の光景を呼びこむ昭和50年代の青春記!
南武線沿線のシェアハウスに住み、ジムのインストラクターをしている女性が、あることをきっかけに昔のことを鮮やかに思い出す――胸キュンな恋愛話も部活の熱い話も出てこない、ごくフツウな大人のための青春小説。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】浅田次郎『母の待つ里』/架空のふるさとを求める都会人と、それを受け入れ・・・
家庭も故郷もない3人の男女が「ふるさと」で待つ見知らぬ「母」に再会して――奇想天外にして懐かしい感動作『母の待つ里』についてインタビュー!
-
今日の一冊
【著者インタビュー】養老孟司『ヒトの壁』/生物としての「ヒト」とは何か? 『バカの壁』に続・・・
シリーズ累計670万部突破の最新作『ヒトの壁』で綴ったコロナと人生についてインタビュー!
-
今日の一冊
ジョージ・ソルト著『ラーメンの語られざる歴史』に見る、ラーメンの裏面史。
日本人は、ラーメンについて本当に知っているのでしょうか?アメリカ人歴史学者ならではの見方でラーメンの起源や歴史を解説する一冊を紹介します。
-
今日の一冊
この本を数時間で読了できない人は…?『1万2000人を見てわかった! お金に困らない人、困・・・
懇親会で料理をガツガツ食べている人と、コミュニケーションに時間を割く人……。どちらがお金に困らない人か、わかりますか? お金に困る人と困らない人の行動パターンを対比し、整理して取りまとめた話題書を紹介!
-
今日の一冊
【スぺシャル書評】山口恵以子『いつでも母と』/大切な人を看取り、愛し続けるためのバイブル
人気作家・山口恵以子氏が、認知症を発症した母と過ごした最期の日々をつづったエッセイ。この一冊は「予期せぬ出来事に躓かないための杖となる」と、ベストセラーの仕掛け人として知られる書店員・内田 剛氏は語ります。
-
今日の一冊
『日本鉄道歌謡史1.鉄道開業~第二次世界大戦2.戦後復興~東日本大震災』
-
今日の一冊
吉本由美『イン・マイ・ライフ』/独り者の女性の全盛期と老い方をポジティブに伝える一冊
雑誌「アンアン」のフリーランス・スタッフに採用され、「クロワッサン」に移って活躍し、その後書き手としても活躍する吉本由美氏。結婚はせず、故郷に帰って親の介護をすることを選択し、「これでいいのだ」とうなずく生き方を鮮やかに描いたエッセイです。