橋本倫史『ドライブイン探訪』/街道沿いの食堂から、なつかしい日本の「時代」を読み取る
かつては日本全国で賑わいを見せながら、時代の移り変わりとともに減ってしまった街道沿いの駐車場付き食堂「ドライブイン」。各地の経営者の思い出話を聞き、数々のエピソードを一冊にまとめた傑作ルポ!
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
関川夏央【作家】
ドライブイン探訪
橋本倫史 著
筑摩書房
1700円+税
装丁/和久井直子
街道沿いから経済成長を見つめた人々の「時代の物語」
今年三十七歳の著者・橋本倫史は、二十代後半に原付自転車で日本全国を旅した。そのとき、すでに数少なくなっていた街道沿いの「ドライブイン」に興味を持った。
二〇一七年、全国のドライブイン探訪の志を立てた。しかしあまりにも地味だ。どこの雑誌でも載せてくれそうもない。そこで「月刊ドライブイン」という小冊子を自費出版して連載した。本書はそれをまとめたものだ。
「ドライブイン」とは、要するに「ラーメンやカレーライス、それに定食など」を出す街道沿いの駐車場付き食堂だが、「大抵の場合は小上がりが設けられており、足を伸ばして休息できる」のは日本独特である。
一九五〇年代まで日本の道路は世界最悪といわれた。馬車客運の伝統がなく、モータリゼーションが遅れた山がちの国土ではやむを得ないことだった。しかし六四年の東京五輪を目標に、国策として全国の道路建設が着手された。
ドライブインはこの時期に始まり、七〇年代、主要国道沿いに林立した。それは「トラック野郎」たちの全盛期と重なって、店は一日中にぎわった。長距離運転手たちは大盛りの夕食を食べてビールを飲み、トラックの中で眠って夜明け前に出発した。
だが時代はうつろう。バイパスと高速道路で道筋が変れば客は激減する。家族経営で過剰投資をせず、地元の客がついていたドライブインだけが生き残った。
そういう店を訪ね歩くうち著者は、自分はドライブイン好きというより、人の話を聞くことが好きなのだと気づく。それは高度成長と安定成長時代を、街道沿いから見つめつづけた人々の思い出話である。働きながらデフレ時代に老いた人々のつぶやきである。またドライブインの客と経営者が、無意識の共同作業で織り上げた「時代の物語」である。
七百枚近い大著だが飽きない。淡々と語る人々とそれを記録する書き手との間に、日本の懐かしい時代が、すなわち「歴史」が読み取れるからである。
(週刊ポスト 2019年6.7号より)

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