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カトリーヌ・ムリス 著・大西愛子 訳『わたしが「軽さ」を取り戻すまで 〝シャルリ・エブド〟を生き残って』/テロに打ちのめされた女性の、自伝的バンド・デシネ

2015年1月、イスラム過激派による「シャルリ・エブド襲撃」の難を偶然逃れた著者が、経験した精神の崩壊と記憶の喪失。そこからの回復過程を、静かに描いたバンド・デシネ(漫画)です。

【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
鴻巣友季子【翻訳家】

わたしが「軽さ」を取り戻すまで 〝シャルリ・エブド〟を生き残って
わたしが「軽さ」を取り戻すまで 〝シャルリ・エブド〟を生き残って 書影
カトリーヌ・ムリス 著
大西愛子 訳
花伝社 1800円+税
装丁/鈴木 衛(東京図鑑)

あの襲撃事件の難を逃れた風刺漫画家の「喪失」と「回復」

 フランスの自伝的バンド・デシネ(漫画)である本書は、テロに打ちのめされた人の精神の回復過程を静かに描きだす。「水平線がわずかに丸みを帯びている。わたしは確かにある惑星にいる。ここには昔、大きな海があった。きっとその海がまだここにあるのだ」
 ページを開くと、モネを思わせる淡い色彩の、ぼんやりとした絵が現れ、二ページ目に右記の言葉がある。三十五歳の風刺漫画家カトリーヌは、今がいつで、ここはどこなのか、それすらよく把握できていない。なにも聞こえず、肉体は実感を失い、目だけになってしまったよう。
 彼女は二〇一五年一月七日のイスラム過激派による「シャルリ・エブド襲撃」の難を辛くも逃れていた。覆面の男ふたりが同新聞社に押し入り、編集者、風刺漫画家、コラムニストら12名の命を奪った事件だ。カトリーヌが命拾いをしたのは、妻子ある恋人にふられたせいで、朝、遅刻をしたため。
 カトリーヌは生き残った人々、そして死者たちと、次号「生存者の号」を発行するが、そこで精神の崩壊にあう。記憶が消える。人生の指針としてきたプルーストの『失われた時を求めて』のモデル地へ旅をしても、心はうつろなままだ。「想像力はブロックされていた」と。
 シャルリの関係者としてつねに警護がつき、「わたしの自由は死んだ」と繰り返す。年月の感覚もなくなる。強いトラウマによるパニック、麻痺、解離の症状。人々の「ツナミ」のような応援も彼女を疲弊させた。最果ての海辺の屋台にも「わたしはシャルリ」の看板。肉体が溶けていく感覚。あるとき思いだした「安全な場所」へ赴くことで少しずつ記憶が甦る。それと同時に絵に色がつき始める。
 同テロに対するデモでフランスの人々が叫んだのは、「自由、平等、ユーモア!」だった。苦しみの極限でも発揮されるユーモアに、彼らの強靭な知性を感じる。主人公は何によって「軽さ」をとりもどすか? 本作の紹介に尽力した訳者に感謝したい。

(週刊ポスト 2019年6.7号より)

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