譚璐美『戦争前夜 魯迅、蔣介石の愛した日本』/多くの中国人革命家を育てた明治東京の物語
現代も多い中国人留学生。しかし、明治末期のそれはほとんど全員が「革命家」で、かの魯迅もその一人でした。日本と中国の血を受けつぐ著者が、当時の混沌とした東京と中国を克明に描いた書を、作家・関川夏央が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
関川夏央【作家】
戦争前夜 魯迅、蔣介石の愛した日本
新潮社
2300円+税
装丁/新潮社装幀室
日中の血を受けつぐ著者が一党独裁下の中国に抱く無念さ
魯迅(本名
この年の清国人留学生は六百人にすぎなかったが、日露戦争翌年の〇六年には一万二千人に達した。うち東京に八千六百人、東京市人口の二百人に一人が留学生であった。十八歳の蒋介石はその一人で、陸軍の養成学校に入学して陸軍士官学校をめざした。
中国人留学生は現代も多いが、明治末期のそれはほとんど全員が「革命家」であった。
清国留学生の多さに辟易して東京を去り、仙台医専に学んだ魯迅が一年半で退学したのは、中国人の精神改造には文学の方が有効だと考えたからだが、また同時に、寒くて寂しい仙台に耐え得ず、にぎやかでモダンな大都市東京が恋しかったからでもあった。
このように多くの中国人青年を育てた明治東京だが、中日関係は一九一五(大正四)年「対華二十一か条の要求」で暗転し、済南事件、上海事変を経て「戦争前夜」に至る。そうして、ふたりの浙江人留学生、魯迅と蒋介石の歩む道も遠く隔てられて行く。
著者
両者の血を受けついで現在アメリカに住む彼女は、住民監視を徹底する中国共産党の一党独裁以外に、かつての亡命者・留学生が遠望したような「政治が生活の一部に過ぎない社会」を作り上げるという選択肢はなかったのかと考える。
彼女の無念の思いは、この本にあらわれた明治東京への強い郷愁とともに私たちの心を打つ。
(週刊ポスト 2019年8.2号より)

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