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【著者インタビュー】桜木紫乃 『緋の河』/「女になりかけ」と綽名された少年の、美しい人生

昭和17年、昔気質な父と辛抱強い母の間に生まれたヒデ坊こと秀男は、無骨な兄よりも姉と遊ぶのが好きで、きれいな女の人になりたかった――カルーセル麻紀氏をモデルとして描く、壮麗なエンターテインメント小説!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

己の信じる道を選んだパイオニアの人生は波瀾万丈にして美しい―壮麗なエンターテインメント長篇!

『緋の河』
緋の河 書影
2000円+税
新潮社
装丁/新潮社装幀室 アートワーク/赤津ミワコ

桜木紫乃
桜木紫乃
●さくらぎ・しの 1965年釧路生まれ。高校卒業後、裁判所職員を経て結婚。出産後、釧路出身の作家・原田康子も参加した『北海文学』同人に。「原田康子に刺激を受けるノブヨを書くことで、私自身、10代をやり直した感もあります」。02年「雪虫」でオール讀物新人賞を受賞しデビュー。13年『ラブレス』で島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で直木賞。他に『氷平線』『硝子の葦』『起終点駅(ターミナル)』『裸の華』『氷の轍』『ふたりぐらし』等。160㌢、B型。

苦労話も全部笑い話にする話芸の達人の、語らない部分を虚構、、の力で書きたかった

 共に釧路市出身で、同じ中学の先輩後輩という関係以上に、著者・桜木紫乃氏と本作の主人公のモデル・カルーセル麻紀氏の間にある、小説や舞台といった虚構にこそ真実を見出すという信念を感じさせる1冊だ。
 短い夏の夕方、釧路川に時折出現する赤い光の帯と、「文字通り血の河を渡った人」をイメージしたという『緋の河』は、昭和17年秋、昔気質な父と辛抱強い母の次男に生まれ、武骨な兄より姉の〈ショコちゃん〉と遊ぶのが好きなヒデ坊こと、〈秀男〉の少女時代、、、、を描く。
 自らを〈アチシ〉と呼ぶ小柄な秀男は、〈女になりかけ〉などと綽名あだなされる。だが、花街の女〈華代〉から言われた〈この世にないものにおなり〉という言葉や作家を志す親友〈ノブヨ〉に支えられ、自分の居場所は自ら掴み取ってゆく。
 そこに疵はあっても涙はなく、桜木氏は本書を単に差別や偏見と闘う物語には決してしないのである。

 初対面は4年前。地元経済誌の対談の席上だった。
「麻紀さんはいるだけで圧が凄くて、仮にオーラというものがあるとしたら、あれです。最初から彼女に強く感じた〈パイオニアの孤独〉だけは他の誰にも書かせたくないと思いました。
 それで後日、『貴女の少女時代を想像で書かせてください』とお願いしたら、その日のうちに『いいわよ。その代わり、とことん汚く書いてね』という返事が。だから私も、口答えじゃないんですけど、『麻紀さん、汚く書くと物語は逆に美しくなるんですよ』って」
 物語は、生後間もない弟が急死し、悲しむより先に、これで母の愛情を取り戻せると幼心に思ってしまった、昭和24年の正月から始まる。秀男も春には小学生だが、同じお下がりなら兄より姉の服が着たい彼は、初詣の帰りに嗅いだ花街の芳香に誘われる。そして、華代や運命の言葉と出会うのだ。〈お前は、女に生まれなかったことに意味があるんだ〉〈そのまんま、まっすぐ生きて行くがいいよ〉
 この華代や間夫の〈徹男〉、彼をお秀と呼んでマンボの踊り方を教えてくれた流しの漁師〈晶〉等々、秀男は炭鉱や漁業で賑わう釧路で出会いと別れを繰り返す。初恋の人〈文次〉もしかり。戦争で親を失い、蒲鉾工場で働きつつ学校に通う大柄な文次は、〈お前は『なりかけ』かもしれんけど、俺は『あいのこ』だ〉と言って秀男を守ってくれる唯一の友達だった。が、その文次までが相撲部屋に支度金を積まれて町を去る。今でも傍にいてくれるのは、長身に悩み、いつも猫背だが、三島由紀夫『禁色』を読めと秀男に勧めてくれた中学以来の友人、ノブヨだけだ。
「この中では弟さんの話と『禁色』の話だけはご本人に伺いました。それ以外の、例えばコンプレックスの塊だったノブヨを一喝して彼女を変えていく秀男の友情のあり方などは、あのカルーセル麻紀さんがいかにして生まれたのかという証明問題、、、、を、私なりに解くしかありませんでした。麻紀さんという生きた答え、、、、、が目の前にいる幸福です。苦労話も全部笑い話にしてしまう、この話芸の達人さえ語らない部分を、私は虚構、、の力で書いてみたかった」

男か女か以前に本物、、を生きている

 高1の秋、演劇部で女役をやるために伸ばした髪を教頭に刈られた彼は、新聞配達で貯めた7万円のうち2万を母に残し、夜汽車で家出する。東京でゲイボーイになり、文次を買い戻すことだけを夢見てきた秀男は、隣の乗客にゲイバーは札幌にもあると聞き急遽途中下車し、すすきの屈指の人気店〈みや美〉の仕込みっ子になる。そこでも秀男は人に恵まれ、シャンソンを見事に歌いこなす自称25歳の歌姫〈マヤ〉は、公私にわたる生涯の師匠となった。
〈なんでこんなふうに生まれたんだろう〉と問う秀男に、〈神様が、仕上げを間違ったとしか言えないねえ〉とマヤは言った。〈だから、神様を許すのがあたしらの生きる道なんだよ〉と。
「私は麻紀さんのことをLGBTとか、平成の文脈、、、、、では書きたくなかったし、男か女か以前に、麻紀さんは〈あたしの本物〉を生きている。秀男の演劇部の先輩が言うように〈見える範囲にいる人間を相手にしていない〉から、偏見を軽々と超えていけるんでしょうね。私自身、人間、こうも強くなれるんだっていう、生きることの答え、、、、、、、、みたいな勇気が湧いたし、秀男にとっても恋愛自体はさほど重要ではなく、自分の厄介な生を生ききることの方が大事なんです」
 本書ではその後、マヤを頼って上京した秀男が芸を磨き、〈スネークストリップのマコ〉としてテレビ等で人気を博す大阪時代までを描く。現に蛇を使う踊りはカルーセル氏の代名詞だが、桜木氏はその蛇に、〈脱皮〉の度に新しい自分を手にしてきた生き様を重ねるのだ。
「今ある場所から命一つで抜け出し、抜け殻には一切執着しないのが秀男。捨てたものは捨てたものと、思うよりも先に言葉にし、その言葉を真に変える強さが、私は彼女の美しさの最大の理由だと思う。もっとも本人に聞いても『バカね、そんなこと考えるヒマ、なかったわよ』って、笑い飛ばされちゃうんですけど(笑い)」
〈嘘は秀男にとっての真実だった〉〈心だの気持ちだの、あやふやなものにかたちを与えるために言葉はある〉と言って、理想の美だけに執着する新生〈カーニバル真子〉の続編は、近々にも連載予定とか。人を恨まず、神すらも許す、その大きさ優しさに、確かに男も女もない。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2019年8.2号より)

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