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【著者インタビュー】長崎尚志『風はずっと吹いている』/原爆投下とは何だったのか? 広島発ミステリー長篇!

広島県の山中で発見された、人骨一体と頭蓋骨ひとつ――それは、日本人の頭蓋骨をコレクションしていた米軍の父が持ち帰った頭蓋骨を遺族に返すために来日していた、アメリカ人女性の死体だった……。殺人事件に広島の戦後史をからめ、戦争とは何かを問う小説。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

山中で見つかった白骨死体と頭蓋骨 捜査線上に浮上する終戦後に跋扈した孤児集団――正義とは何かを問う社会派ミステリー

『風はずっと吹いている』
風はずっと吹いている 書影
1800円+税
小学館
装丁/松 昭教(bookwall)

長崎尚志
長崎尚志
●ながさき・たかし 小説家、漫画原作者、漫画編集者。出版社に勤務し、漫画誌編集長などを経て独立。2010年、『アルタンタハー 東方見聞録奇譚』で小説家としてデビュー。『闇の伴走者 醍醐真二の博覧推理ファイル』はWOWOWで連続ドラマ化。近作に『編集長の条件 醍醐真二の博覧推理ファイル』『ドラゴンスリーパー』。現在も、東京と、広島の爆心地に近いマンションに仕事場を構えている。

「どうやったら戦争をしないでいいか」それが広島の被爆者の考え方なんです

 令和の時代に入って初めての夏。長崎尚志さんの『風はずっと吹いている』は、謎解きの面白さを存分に活かしながら、原爆投下とは何だったのか、人類が核を持つことの意味も改めて考えさせる、熱量のこもったミステリー長篇だ。
 広島県西部の山中で〈人骨一体と、頭蓋骨ひとつ〉が発見される。奇妙な組み合わせだが、白骨体は広島を訪れていたアメリカ人女性だとわかる。〈太平洋戦争の最中、アメリカ軍の中には、日本人の頭骸骨をコレクションする兵隊が多数存在し〉、彼女は、亡き父親が持ち帰った頭蓋骨を遺族に返すため来日していた。
 引退した国会議員と、闇を感じさせるその秘書。金庫番だった美しい老婦人。右翼団体の代表。複雑な過去を秘めた関係者が捜査線上に浮かび上がる。七十余年の時を往還しながら、広島県警の捜査員と、息子の犯罪で県警を辞めざるをえなくなった元刑事が真実のゆくえを追う。

 長崎さんは、父の仕事の関係で、小学一年生から四年生まで広島に住んでいたことがあるそうだ。広島という土地が好きで、この七、八年は、市内にマンションを借りて月に何日かを過ごしている。
「ぼくの母親は、空襲を体験していたのですが、広島にいるときも『被爆されたんですか』って割とよく人に話を聞く人間だったんです。ぼくは子供でしたから、一緒に話を聞いても、すごく悲惨に思う部分と何も感じない部分、もういいやって飽きた部分、いろいろあった。ちゃんと勉強しないといけないのに、やり残した宿題みたいな感じのままで、東京に転校してしまいました」
 編集者から広島のことを書いてみては、と提案されたとき、考えたのは原爆のことだった。ミステリーの題材にすることにためらいもあったが、昔に比べて核に対する意識が軽くなり、平然と核武装を主張する人もいる風潮に、改めて原爆と核について勉強して、小説に書いてみたいと思ったという。
「過去にあった悲惨なできごととしてではなく、現在に続く話として書きたいと思いました。原爆から、現代の日米関係や核武装、憲法改正など、一連の流れとして書けないか、と」
 小説では、殺人事件を追う時間の流れに、七十年以上前の広島の焼け跡の場面が時折、挿入される。
〈わしは身寄りのない同いどしぐらいの子を集めてな、この広島で独立国をつくる。それでそいつらの命は、わしが責任持って守るんじゃ〉
〈混沌と混乱〉の焼け跡で生まれたのが、原爆で家族を失った〈原爆孤児〉たちの共同体で、リーダーとして集団を率いる少年の名前は来栖くるすと言った。
〈少年のグループは、下が六、七歳、上が十八歳くらいまで〉。今は老人になったかつての孤児たちは、来栖について、こう述懐する。〈魅力があったし、底知れぬ怖さがあった〉〈悪魔みたいなカリスマ〉〈人を丸裸にしてしまうというか……相手の隠しごとを、すべてしゃべらせてしまうんじゃ。弱みや、触れられとうない過去をね〉
 生き延びるために、孤児たちが米兵相手に土産物として売ったのが髑髏だ。
「あまり知られていませんが、原爆を題材にした映画や、女優さんの戦争朗読劇などには出てくる話です。孤児たちの組織はぼくのフィクションですが、詳しく調べていくと、少年たちが髑髏を売っていたという複数の証言がありました」
 息子が犯罪に手を染め警察を去った蓼丸たでまるは、警備会社OBとして元国会議員の久都内くつないの警備につくことになり、息子を犯罪に引き入れた土井が久都内の秘書になっていると知る。
〈土井とは何者か〉、改めて調査を始めた蓼丸は、久都内の金庫番だった柚木美代子と偶然、知り合う。
 九十歳を超えた柚木は蓼丸を誰かと間違え、〈晴彦さん?〉と呼ぶ。被爆二世で早くに両親を亡くした蓼丸も、〈どうして柚木に、これほど心を開けるのかわからない〉と感じながら、会ってお茶を飲む間柄になる。

読者がどう読んだかを聞いてみたい

 殺人事件に、広島の戦後史をからめたミステリーは、戦争とは、悪とは何かを問う小説でもある。
 久都内は原爆を〈絶対悪〉と呼び、〈あの悪の前では、すべての悪が矮小です。すべての悪が許される〉と聴衆の前で講演する。この命題は、小説の中でくり返される。〈日本も核武装を!!〉と叫ぶ右翼団体があり、刑事の間で、〈罪の重さとしては、戦争より殺人のほうが重い〉かどうかで意見が戦わされたりもする。
「小説に出てくる人間が語る核や戦争に関する議論は全部、自分の中にあるもので、すべてに共感しているし、どれか一つが正しく他は間違っている、ということではありません。ただ、一つ言っておきたいのは、広島で被爆された方の考え方は、どうやったら戦争をしないでいいか、であって、戦争になったらどうすればいいか、ではないということ。現実を見ないのではなく、議論の前提が違っているんです」
 漫画原作者としても活躍する長崎さんにとって、本書が7作目の小説になる。
「これまではエンターテイメント性だけを考えて、面白いと言われることだけを期待して書いていましたけど、この作品は初めて、読んだ人にどう読んだかを聞いてみたいと思った。それだけ強い思い入れがある作品です」と話す。

●構成/佐久間文子
●撮影/黒石あみ

(週刊ポスト 2019年8.16/23号より)

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