佐藤 信『日本婚活思想史序説 戦後日本の「幸せになりたい」』/学者が「婚活」の歴史を紐解く!
パートナーを見つけることがむずかしくなった二十一世紀、氷河期時代の就職活動になぞらえて、「婚活」という言葉が生まれました。時代の移り変わりとともに、パートナー探しはどう変遷したのでしょうか。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
井上章一【国際日本文化研究センター教授】
日本婚活思想史序説 戦後日本の「幸せになりたい」
佐藤 信 著
東洋経済新報社 1800円+税
装丁/橋爪朋世
各時代の記録や女性誌と共に探る「パートナー探し」の歴史
二十一世紀にはいり、「婚活」という言葉が浮上した。相手を見つける営みが、就職活動になぞらえられている。「氷河期」とさえ評された時期の「就活」に。それは、パートナーさがしがむずかしくなっていった時代相をうつしだす言葉でもあった。
同じころに、相手を斡旋する電脳媒体も、活動を開始する。この仕掛けは、結婚へといたる営みに劇的な変化をもたらした。それまでは、自分の身辺、目がとどく範囲で、候補者を見つくろっていたのである。仲人を買ってでる人たちの視野からはなれた人物は、うかびにくかった。だが、電脳社会はその範囲を、圧倒的ないきおいでひろげることになる。
自分の条件にあう人物は、どこにいるのか。少なからぬ独身者は、その情報探索に、ネットの海へのりだした。膨大な数の釣書きを、読みくらべるようになる。この事態は、婚活をマーケティング・リサーチめいた色合にそめていった。よりよい条件をもとめる男女は、選り好みの度を強め、ますます縁遠くなっていく。
若い世代が結婚しづらくなれば、必然的に子どもの出生数も低下する。ことは、国家の存亡にかかわる。自治体も国も、しだいにこの問題へ目をむけだした。私生活への政治介入もやむなしという構えさえ、見せるようになっている。婚外子の扱いまでふくめ。
とまあ以上のような流れを、著者は各時代の記録とともに、さぐっていく。そして、ほりあてたのである。「婚活」という言葉が語られるより二十年以上前から、事実上の婚活状況はできていたことを。身辺で仲人役をひきうける人が、そのころから後景へしりぞきだしたということか。
資料には、古い女性雑誌が活用されている。『クロワッサン』は、結婚に背をむけた。いっぽう、『結婚潮流』は、あられもなくそれをあおっている。『Hanako』や『an・an』、そして『ゼクシィ』はどう対処したか。ネット以前の雑誌文化史が回想できたことも、私にはうれしかった。
(週刊ポスト 2019年8.30号より)

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