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【著者インタビュー】夏井いつき『子規365日』/『プレバト!!』の辛口添削で人気の俳人と知る、生身の正岡子規

毎日放送『プレバト!!』でおなじみの夏井いつき氏が、飾り気のない生身の正岡子規の姿を共有したいと記した著。1日1句すべて違う季語を用いた句を選び、実作者の目で解説します。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

明るく愉快な〝子規さん〟がここに! 切れ味鋭い俳句添削でメディアでも大人気の俳人が実作者の感性で玩味した快著

『子規365日』
子規365日 書影
720円+税
朝日新聞出版
装丁/神田昇和 装画/すぎはらけいたろう

夏井いつき
夏井いつき
●なつい・いつき 1957年愛媛県生まれ。京都女子大学卒。愛媛県内の中学教諭を経て俳人に。94年に第8回俳壇賞、2000年に第5回中新田俳句大賞を受賞し、現在は俳句集団「いつき組」組長。全国高等学校俳句選手権「俳句甲子園」の運営や、松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」選者、初代俳都松山大使等、精力的に活動し、MBS『プレバト!!』の辛口添削でも人気。松山在住だが、小中高生を集めた「句会ライブ」や講演で全国を「トランク一つで」飛び回る旅の日々。152㌢、O型。

いつの世も変わらない俳諧の精神が私たちと「子規さん」を繋いでくれる

『プレバト!!』(毎日放送)の熱血指導でも御馴染の夏井いつき氏を始め、松山市民は正岡子規のことを〈子規さん〉と、親しみを込めて呼ぶという。
「『俳句中興の祖』や、病と闘った偉人ではないんです。そもそも俳句は最も俗な生活と共にある文芸ですし、この本も『痛い痛い』って喚いて泣いて、周囲に散々我儘も言った生身で身近な子規さんの姿を、共有できる本にしたかったんです」
 題して『子規365日』。子規が遺した約2万5000句余り(子規記念博物館データベースより)の中から、1日1句、全て違う季語を用いた句を選び、実作者の目で解説した、元は朝日新聞愛媛版の人気連載だ。元旦から大晦日まで、多くは病床にあった子規の目や耳がとらえた一瞬の輝きを夏井氏は丁寧に読み解き、あくまで句そのもの、、、、、と向き合おうとする。明治35年秋、34歳で夭折した子規の失意や懊悩など、背景は後からついてくるとばかりに。

「俳句を作家論で読むか、作品論で読むか以前に、そもそも私は正岡子規の研究者ではありません。それでも1句1句、実作者として丁寧に出会い直す、、、、、、、、ことはできるかもしれないと思って、この連載をお引き受けしました。
 例えば私はある看護学校で国語を教えていた頃に、俳句のことを何も知らない生徒に作者名を伏せた句を幾つか読ませてみたことがあるのね。その中に本書で紹介した〈いくたびも雪の深さを尋ねけり〉もあって、『これは新しい長靴を買ってもらった子供が雪を楽しみにしている句だ』とか、『彼とスキーに行く約束をしたんだろう』とか、実に様々な解釈が出てきました。その上でその句が詠まれた背景を話すと、『先生、鳥肌が立った!』と言う子もいましたが、俳句ってそれでいいと私は思うんです。
 作者から提示された17音が作品の全てなので、そこに子規の人生を重ねて読んでも、自分に引き付けて読んでもいい。そうした自由な読みが作品を貶めるどころか、むしろ豊かにしているとすら思うんです」
 例えば「元旦」を季語とした〈今年はと思ふことなきにしもあらず〉に、夏井氏は〈思わず「ふふ……」と共感する〉と解説を寄せ、既に生誕150年を迎えた子規と時空を超えて連なる奇蹟に、喜びを隠さない。
「季語は時空間を移動させてくれるんですよ。明治の子規さんと令和を生きる私たちが季語一つで繋がり、その日常や肌感覚に、同じ生活者として寄り添うこともできる。
 似たような句が頻出するのが短詩形文学の宿命である一方、上か下の5音分が新しければ句として新しくなれるのも俳句の面白さ。つまり常に新味を希求する性質を俳句自体が備えているとも言えます。芭蕉が不易流行と言ったように、いつの世も変わらない俳諧の精神が、私たちと子規さんを繋いでくれるんです」
〈作者の眼球に映った映像が俳句という言葉に翻訳され、読者はそれを映像として再生し追体験する〉〈たった一七音しかない俳句だが、そこに盛り込まれる情報量は侮りがたい〉とあるが、本書ではその情報を丁寧に辿ることで、作者の視線の動きや、僅か17音の中にもたゆたう時間の流れなどが、まざまざと再現されていく。

俳句は人生を救う杖になる

 また子規が一つの着想を複数の句に詠んだように、言葉の使い方一つでまるで違う光景が立ち上がるのも俳句だ。例えば〈馬ほくほく椿をくぐり桃をぬけ〉〈椿にさはり桃にすれ〉を比較し、〈動詞のカラクリ〉を読み解く面白さを説いていく。
「『プレバト!!』でも俳句は敷居が高いと思いこんでいる人に、ちょっとした添削を実際にやって見せると、皆さん、作者の見た景色や音や匂いが五感に流れ込んでくるような経験をなさる。一見すると芸能人のリアクションを楽しむショーなのですが、助詞一つで景色が一変する日本語のメカニズムを知り、17音が溶け出す瞬間に出会うことで、そうか、俳句はマジックなんだと、実感して下されば嬉しいなあと思います。
 今まで私はそういうことをコツコツ本に書き、松山にいる暇もないくらい全国を回ってもきたのですが、そのコツコツを一気にブルドーザーのように押し広げてくれたのがあの番組なので、ありがたく思っています(笑い)。俳句がもたらす静かな知的興奮をより多くの方に伝えるのも、私、夏井の使命なので、番組はもちろん、できる限りの種蒔きをしていきたいですね」
 子規には教科書等でよく見かける痩せた横顔の他、旧制松山中学の後輩と野球に興じるユニフォーム姿の写真も残されている。司馬遼太郎が『坂の上の雲』で描いた〈軽快であり無邪気であり激烈であり執拗でありぬけぬけと明るい〉子規像に、夏井氏のそれも重なるとか。
「どちらか、ではなくどちらも、ですね。病と闘う子規さんも野球好きな子規さんも、私の中では難なく重なるし、政治家の次は小説家と夢を次々に変えた彼は、結核になって選択肢が狭まっても、終始好奇心をもって暮らします。
 その病身の自分すら受け入れる強靭な姿勢は決して俳句の性質と無関係ではないでしょう。それこそ物事を理科の観察みたいに細やかな目で見ないと、5音分の新しさなんて発見できないですよね。そうした態度が自分を客観視する目を養い、実人生においても苦難を客体化する強さを自ずと育んでいきます。絶筆三句の一つ、糸瓜咲へちまさいて痰のつまりし仏かな〉なんて幽体離脱そのものですし、それはどんな俳句詠みにも共通の気質だと思います」
 つまり「俳句は、人生の杖になる」のだと!
「そう。私が方々で俳句の種を蒔いているのも、人生をより強くしなやかに生きられる人間を増やしたいからなんです。俳句というアイテムを一つ持っているといろんな形で救われますよ、しかも俳句は毎日詠むうちに期せずしてホームランが出るから、それは二つとない貴方が生きた証になりますよって。
 子規さんもそんな思いで病床からメッセージを発信していた気がするし、もし彼が現代に生きていたら、俳句甲子園や『プレバト!!』だって、『俺が出る!』って絶対言うと思う!(笑い)」
 そんな飾り気のない姿を、日々の句を通じて彫刻した本書に、愉快で時に辛辣であらゆる命を尊んだ子規の、新たな肖像を見た思いがした。

●構成/橋本紀子
●撮影/藤岡雅樹

(週刊ポスト 2019年9.6号より)

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