『25年目の「ただいま」』
【書闘倶楽部 この本はココが面白い②】
評者/鈴木洋史(ノンフィクションライター)
失われた故郷を見つけた
グーグル・アースの奇跡
『25年目の「ただいま」』
サルー・ブライアリー著
舩山むつみ訳
静山社
本体1600円+税
Saroo Brierley(サルー・ブライアリー) インド生まれ、オーストラリア在住のビジネスマン。公的には1981年5月22日生まれだが、1981年はインドの役所の推定、5月22日はインドの孤児院に収容された日。本書の原題は『A Long Way Home』。
何と奇跡的で感動的な実話であるか。
著者は1981年、インドの、とある小さな町で生まれ、5歳のとき、兄と一緒に列車で別の町に遊びに出掛け、はぐれてしまう。列車の中で兄を待つうちに眠りに落ち、気がつくと列車は走り出しており、最終的にコルカタまで連れて行かれた。少年は浮浪児となって路上生活を送り、川で溺れかけ、人身売買のグループに狙われる。数週間後、警察に保護されるが、それは非常に幸運なことだった。〈コルカタでは何十万人というストリート・チルドレンがいる〉が、〈その多くは大人に助けてもらう前に死んでいる〉からだ。結局、故郷の場所は判明せず、著者は孤児院へ送られ、数か月後、裕福なオーストラリア人夫妻の養子となってタスマニアへ向かった。
しかし、著者は故郷への思いを抱き続け、26歳のとき、インターネットを使って故郷を探し始める。故郷の光景は鮮明に記憶しているが、地名や駅名の発音は不確かで、綴りはわからない。そんなとき強力な武器となったのがグーグル・アース。コルカタを起点とする鉄道網の駅を一つひとつ丁寧に、忍耐強く追い、ついに5年後、記憶と一致する光景を発見したのだ。そして、フェイスブックやユーチューブを使って情報収集し、間違いのないことを確認し、青年はインドへと向かい、四半世紀ぶりに家族と再会した。
本来、テクノロジーは人々を幸せにし、インターネットは人と人を結びつけるためにあることをあらためて感じさせられる。原著は各国語に翻訳され、『スラムドッグ$ミリオネア』主演のデーヴ・パテール、ニコール・キッドマンらの出演で映画化が決まっている。
(SAPIO2015年12月号より)

この記事が気に入ったら
「いいね」をしよう!
P+D MAGAZINEの最新記事をお知らせします。
あわせて読みたい記事
-
今日の一冊
藤原正彦著『管見妄語グローバル化の憂鬱』が数学者の視点で真相を見抜く!嵐山光三郎が解説!
日本を取り巻く深刻な状況について、数学者ならではの鋭い考察を展開。「グローバル化」の真相について描いた一冊を、作家の嵐山光三郎が解説します。
-
今日の一冊
『天皇陛下の私生活 1945年の昭和天皇』
-
今日の一冊
【著者インタビュー】テロに時効はない! 未解決の新聞社襲撃事件の謎に挑む/森 詠『総監特命・・・
「次世代に警告を与えられるフィクションをめざしたい」と語る、元々はジャーナリスト志望だったという著者。1987年から1990年にかけて実際に起こった“赤報隊事件”の真相に、虚構を通じて迫った新作についてお話を伺いました。
-
今日の一冊
溝口敦著『闇経済の怪物たちグレービジネスでボロ儲けする人々』に見る闇社会の経営哲学とは。岩・・・
グレービジネスの勝者と呼べる人物が多数登場する一冊。法律スレスレの世界で暗躍するグレーゾーンの企業家たち。彼らの知られざる実態やその経営哲学に、極道取材の第一人者が迫る…!ノンフィクション作家の岩瀬達哉が解説します。
-
今日の一冊
藤森照信『藤森照信 建築が人にはたらきかけること』/屋根に草をはやす設計家・怪人フジモリの・・・
五十歳のとき、屋根にニラを生やすニラハウスで日本芸術大賞を受賞。その後もつぎつぎとユニークな建築を造りつづけるフジモリ氏の、並外れた発想力と理念がわかる一冊です。
-
今日の一冊
『はじめての不倫学「社会問題」として考える』
-
今日の一冊
北村匡平『美と破壊の女優 京マチ子』/分裂の危機をのりこえ、世界に名をとどろかせた大女優の・・・
戦後の1940年代に、均整のとれた肢体、とりわけ脚の魅力で頭角をあらわした女優、京マチ子。『羅生門』や『地獄門』などの名作は、彼女を国民的なスターに押し上げるも、一方で演技に分裂をもたらして……。京マチ子を丸ごと語りつくす女優論。
-
今日の一冊
地球は12種類の土から成り立っている!『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』
泥炭土、ポドゾル、黒土、永久凍土……。スコップ片手に、地球上に存在する12種類の土をたずねあるく著者。「100億人を養う土壌」を見つけ出すことはできるのか? 土の可能性を探る良書。
-
今日の一冊
【著者インタビュー】小野寺史宜『タクジョ!』/女性タクシー運転手の葛藤や日常生活を描く
タクシー営業所に入社した23歳の女性ドライバーを中心に、個性豊かな先輩・同僚らが繰り広げる、騒動ともつかない騒動を描いた小説。爽快な成長物語です。
-
今日の一冊
牧久著『昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実』には重大証言と新資料が満載!
昭和の後半、国民の一大関心事であった「国鉄再建」。その事実を、重大な証言や新資料でつぶさに検証する一冊。創作の背景を著者にインタビュー。
-
今日の一冊
早見和真著『小説王』は激熱エンタテインメント!著者にインタビュー!
文芸が冬の時代と言われる中に放つ、熱いエンタテインメント。「第2のデビュー作」とも言える熱の込められた作品創作の背景を、著者にインタビューしました!
-
今日の一冊
新井紀子『AIに負けない子どもを育てる』/国語教育はどこに向かうべきか
AIが不得意な読解力を、人間が身につけるにはどうすれば良いかを明らかにする一冊。大塚英志は、対AIでなく、官僚文書と「国語」に関わる人々の国語力の戦いが成されるべきだと語ります。
-
今日の一冊
ポール・ロックハート著『算数・数学はアートだ!ワクワクする問題を子どもたちに』を森永卓郎が・・・
算数・数学を「アート」であると信じる著者。本書では、その本来の魅力を取り戻すための具体的な方法が提示されています。算数・数学嫌いになってしまった人も、「今からでもやってみようか」と思うかも知れません!
-
今日の一冊
沼野充義著『チェーホフ 七分の絶望と三分の希望』が提唱する新しい像ー川本三郎が解説!
チェーホフとは果たして何者だったのか? その知られざる素顔と文学作品の数々。それらを新たな視点で語った一冊を、評論家の川本三郎が紹介します。
-
今日の一冊
『見果てぬ日本 司馬遼太郎・小津安二郎・小松左京の挑戦』
-
今日の一冊
『おひとりさまの最期』
-
今日の一冊
【著者インタビュー】伊吹有喜『雲を紡ぐ』/布工房を舞台に家族の衝突や葛藤を描いた、心あたた・・・
いじめで高校に通えなくなった娘、無口な父親、激しく非難してくる母親……3人の衝突や葛藤、隠された思いを、岩手県盛岡市の布工房を舞台に丁寧に描いた家族小説。
-
今日の一冊
片岡義男はじめての珈琲エッセイ本『珈琲が呼ぶ』
あまり私語りをしてこなかった作家・片岡義男の、初の珈琲エッセイ本。出版社に在籍していたころの話など、著者のライフヒストリーも垣間見える一冊です。
-
今日の一冊
文・澤宮優 イラスト・平野恵理子『イラストで見る 昭和の消えた仕事図鑑』 のココが面白い・・・
思わず誰かに話したくなるような、懐かしい昭和の仕事。どこか人間味があり、あたたかい気持ちになれる職業解説。ノンフィクションライターの鈴木洋史が解説します!
-
今日の一冊
今尾恵介著『地図マニア 空想の旅』で地図を読むことの楽しさを知る。関川夏央が解説!
これまで行くことのできなかった場所への旅を、地図を読むことで実現。地図研究家・今尾恵介の集大成である一冊を、関川夏央が解説します。