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【著者インタビュー】河崎秋子 『土に贖う』/北海道で栄え、廃れていった産業への悼み

北見のハッカ油、札幌の養蚕、根室や別海のミンク養殖など、北海道でかつて栄え、そして衰退した産業を描く、全7編の傑作集。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

羊飼いとの兼業作家としても話題! 開拓期の北海道を舞台に今は失われし産業への誇りと悼みを骨太に綴る傑作集

『土にあがなう』

1650円+税
集英社
装丁/アルビレオ 装画/久野志乃

河崎秋子

●かわさき・あきこ 1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒業後、ニュージーランドで牧羊を学び、実家の酪農従業員の傍ら、緬羊めんようを飼育・出荷。12年「東陬とうすう遺事いじ」で北海道新聞文学賞、『颶風ぐふうの王』で14年に三浦綾子文学賞、16年JRA賞馬事文化賞、19年『肉弾』で大藪春彦賞。「命を扱う仕事との兼業はさすがにきつく、実は今いる羊を出荷次第、羊飼いはやめる予定なんです。年内には実家も出ようと思うのですが、住むのはあくまで道内ですね。暑いのが苦手なので」。154.6㌢、A型。

地に埋まっている、北海道に住む人々の過去の痕跡を小説を通じて発掘している

 北見のハッカ油。札幌の養蚕。根室や別海のミンク養殖等々、かつて北海道で栄え、廃れていった、〈産業への悼み〉の短編集である。
 自身、別海町出身の河崎秋子氏による大藪賞受賞後第1作『土にあがなう』。羊飼いとの兼業作家として注目を集め、故郷の風土に根ざした骨太な作風で知られる河崎氏は、苦境においてなお明日を信じ、夢敗れた先達の姿を、本作でもあくまで渇いた筆致で物語化する。
 多くは開拓民や労働者として流れ着き、幾ばくかの富をつかんだのも束の間、時代が変われば経済構造も変わり、全7編に描かれる大半は、失われし産業、、、、、、、だ。元々北海道に根を持たない彼らの中にはそのまま流される者も次の夢を探す者もいたが、それでもびくともしない大自然だけが、今も北の大地に根を張っていた。

「うちは父が満州生まれで、新酪農村建設事業(73年)の時に脱サラで別海に移ってきた戦後組なんです。
 地元の爺ちゃん婆ちゃんに聞くと、ここで昔は硫黄を掘っていたとか、金を掘ろうとして失敗したとか、過去の痕跡が方々に残っているんです。それも結構、ザツな感じで(笑い)。それって普通はないことにされてしまう歴史、、、、、、、、、、、、、ですが、そこに人がいて、生活していたのは確かですし、未だ地に埋まっているいろんな人のいろんな苦労を、私の場合は小説を通じて発掘しているところもあります」
 まず第1話「さなぎの家」の舞台は明治30年代。政府の命で札幌に蚕種所さんしゅじょを作った研究者を父に持ち、現在の桑園駅近くに暮らす多感な少女〈ヒトエ〉の目を通じて、〈おかいこさん〉を愛し、寝起きすら共にした人々の思いを、生き生きと描く。
 桑の葉を刻む青々とした匂いや、幼虫が蛹となり、繭となって、美しい絹糸を生む神秘に彼女の心は躍る。そして和人わじんが蚕を持ち込む前から道内に自生していた野桑を利用し、より良質な糸を紡げる蚕に改良する父は誇りだった。だが一国の経済を支えた産業のかげりは一家の生活にも影を落とす。特に養蚕用の蚕は自然界に存在しない命だけに、人なしには生きられない彼らもまた消えていくのだった。
 また第2話「くび、冷える」では、道東・野付半島に程近い集落で毛皮用のミンクを育てる孤独な男の末路を。第3話「翠に蔓延はびこる」では、一時は世界シェアが7割に及んだハッカ油の生産地・北見に生きた女の一代記を、薄荷草が一面に咲く爽やかな情景と芳香の中に描く。第4話「南北海鳥異聞」で水鳥を力任せに殴りつけ、その羽を毟る流れ者〈弥平〉の商売にしても、商品経済や外貨獲得を是とする時代こそが生んだ産業と言えた。
「特にミンクや水鳥の話は道内でも知る人ぞ知るマイナーな産業ですが、それを海外に売ってお金に換える流れは、止めようがないものとして近代以降存在した。その中で新しい産業を試しては失敗してきたのが北海道で、その時、ダメなら次、ダメなら次と、切り替えのスパンが短いところが人々の側にもあると感じます。
 その根底には厳しい自然環境に対する耐性があるのかもしれません。元々アイヌの方々が暮らす土地に和人がやってきて、まだ150年ですからね。産業の1つや2つ、なんてことないという、いい意味だけではないフロンティア精神、、、、、、、、、、、、、、、、、、がある気はします」

生物のようにうねる「産業」

 そして表題作の舞台は、昭和26年の江別・野幌地区。流れ流れてこの〈レンガ場〉に辿り着き、先ごろ頭目に抜擢された〈佐川吉正〉は、緊張した毎日を送っていた。野幌の赤く硬い土を成形し、高温で焼き上げるこの仕事は、熱く、重い、重労働だ。彼自身、以前は下方を務め、今では妻と2人の息子にも恵まれたが、何かと訳ありな下方を束ね、増産一方の会社側の要求に応えるのは、それはそれで骨が折れた。
 そんな中、初老の新入り〈渡〉が心不全で突然死する。彼は遺族になじられながらも、渡が〈あの仕事、ええですよね〉〈格好ええな〉と言って窯焚きに見入っていたことや、頭目の先輩格〈田代〉から言われた〈使い潰す側にいなきゃ、自分が下方として使い潰されることになるんだぞ。そんな仕組み、俺らじゃ変えられねえ〉という言葉を思い返していた。
 そして、せめて子供には教育をと決意して数十年。彼の次男〈光義〉は、大卒後に入った道内有数の大銀行が経営破綻。行き場のない〈怒り〉を野幌の土を使った陶芸にぶつける光義の再起が最終章「ぬくむ骨」には描かれ、人々の挑戦と失敗の歴史は今なお、やむことがない。
「例えば同じ戦後開拓組でも借金で首が回らなくなったり一家離散したりで、残った人は半分に満たないし、国とか偉ぶった連中の言うことを鵜呑みにするのは危険だと私も常々思います。現場も知らずに、よく言うよ、と。
 むろんトライにエラーはつきものです。でもそれを全くなかったことにするのはフェアじゃないし、彼らが自分の仕事を誇りにしたいい瞬間、、、、も、ここには書いておきたかったんです。
 そういう担い手の思いを超えて経済なり産業なりが、意志を持った生き物のようにうねっていくからおっかないのですし、今ある産業も決して盤石ではないんだと痛感させられるニュースが、今あまりにも多いので」
 人々が辛抱に辛抱を重ね、日々を生きた生活の歴史、、、、、を、本書は再構築する試みでもある。その蓄積の上に今があることから目を逸らさない河崎作品は、少なくとも頭だけ、、、では書かれていない。

●構成/橋本紀子
●撮影/三島正

(週刊ポスト 2019年10.18/25号より)

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