ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』/イギリスでの「リアル」な人生
元ヤンの日本人母と、アイルランド人の父を持ち、優等生でありながら「元底辺中学校」に通う少年の日常を描いたノンフィクション。多様性に富んだイギリスのリアルな生活が垣間見えます。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
関川夏央【作家】
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
新潮社 1350円+税
装丁/新潮社装幀室
装画/中田いくみ
元ヤンの母と心の柔らかい息子の「リアル」な英国生活
英国での「リアル」な日常の報告である。
著者ブレイディみかこは、英国南端の中都市ブライトンに住む五十代前半、四十一歳のとき体外受精で息子を生んだ。十歳ほど年長の父親はアイルランド人、だから中学生の息子は「イエローでホワイト」なのだ。
小学校は市の学校ランキング一位のカトリック校へ通った息子だが、公立の「元底辺中学校」を自ら選んだ。音楽・演劇活動を重視する校長の方針のもと、校内が明るくなり、生徒間格差が減少した。するとランキングも中位まで上がった。ゆえに「元」。
英国全住民のうち八人に一人、八百六十万人が外国出身者だ。うち三分の一がEU圏から、残りがそれ以外からの移民である。息子が差別の対象になっているわけではないが、中国人の息子が生徒会長だったり、逆にハンガリー移民の息子がレイシストだったり、実に「多様性」に富んでいる。「多様性」はいいことだが「物事をややこしくする」。息子がときに「ブルー」になるのはそのせいだ。
母親は福岡の貧困家庭の出身の「ヤンキー」だった。頭がよかったから県内有数の進学校に進んだが、十五歳からバンド活動に熱中、英国音楽を愛するあまり、卒業後渡英した。三十一歳でブライトンに定着、結婚して「底辺託児所」で働きながら保育士の資格を取った。銀行をリストラされた父親は、子どもの頃からなりたかったダンプの運転手に転職した。実に「リアル」な人生だ。彼らの息子が、心の柔らかい「リアリスト」に成長するのは自然だろう。
『フロスト』『フォイル』『ヴェラ』など、すぐれた連続刑事ドラマで英国を知ったつもりになっていたが、この本の軽快な日本語表現には多くを教えられた。
現在二百七十万人の外国人が定住する日本だが、将来は一千万人にまで増やさないと持たないだろう。もはや「多様性」はきれいごとではない。「リアル」な現実なのだとは、ラグビー日本代表チームを見ればわかる。
(週刊ポスト 2019年11.22号より)

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